表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

冷たい太陽

お待たせいたしました!

ようやく8話です!

どうぞお読みください!






 時限爆弾の配線を切り間違えた気分だった。

 映画でよく見るシーン。

 大抵は残り1秒で2本ある配線の正しい方を切って、爆弾が止まるというのが王道なのだが、僕が主演のこの映画は違う。残り時間は5分もある上、2本あるうちのどちらを切るか答えがでているのだが、何故か逆を切ってしまう救いようのないお話。

 時間がギリギリの緊張感もなく、進み続けるカウントダウンを見てその場から逃げればいいものの、ただただ呆然としている。その場に立ち尽くし運命を待つ。

 そうか。死を目の前にして人は呆然とせざるをえないのか。

 

 彼女の目を見て放ったその言葉は、僕の目線と共に地に落ちる。それと同時に、渋いドアをゆっくり開けた時のキィーに近い声が、僕の胸で暴れた。

 彼女は助手席のドアを開けたまま立ってこちらを見ているのがわかる。今どんな顔をしてこちらを見ているのだろうか。

 何も返事がない彼女に対して、恐る恐るベージュ色のコートを舐めるように、お腹辺りにあった目線を顔に移す。コートのボタンを一つ一つ登っていき順調な足取りだった、が。

 顔を覗く事はできなかった。目線が胸元まで上がった時だ。バンッとドアが閉まる音と同時に僕の足取りは止まる。ベージュ色のコートから、グレーのドアの内装へと変化した。

 慌てて顔を上げ、窓越しに彼女を目で追う。

 彼女は助手席から車の前を通りすぎ、アパートの部屋の方に歩いていった。


久遠(くおん)さん!すみませんでした!待ってください!」


 僕の前を通り過ぎる彼女を呆然と見ていたが、雪を踏み鳴らす微かな音で我に返り、運転席から降りて彼女の後を追いながら謝罪した。


「忘れ物をしただけだから」


 彼女はその一言を僕に残し、アパートの中に入っていった。

 その言葉に僕の高い胸の鼓動は、徐々に弱まっていくのを感じる。

 本当に忘れ物なのか?怒ってはー、いない、の、かな?

 雪の上に残してある、こちらに歩いてきた足跡と、車から立ち去る足跡を、意味はないが眺め、空に浮かぶ春に向かって白い息を吐いた。これから暖かくなるであろう空には、冷たげな太陽がこちらを見下ろしている。見下ろされた地上には、春が遠ざかった雪の跡だけが出しゃばっていた。

 身体はでしゃばる雪の冷たさと、春の寒さを完全に拒否しているのだが、恥ずかしさからか焦りからか、厚着をした僕の肌には、じわりと嫌な汗をかいている。

 

 

 僕は彼女が戻ってくるのを待つ事しかできないのだが、なかなかアパートからでてこない。

 やっぱり怒っているのだろうか。嘘をついた挙句、謝り方の悪い例とも言える謝り方をしたわけだ。きっと怒っているに違いない。あぁぁ、どうしよう。

 焦る気持ちが募る中、落ち着かせる為にタバコに火をつける。

 これはある意味で深呼吸の一種だ。

 近くでは犬がタバコの臭いに反応したのか、元気良く吠え出した。住宅を挟んだ国道では、相変わらずタイヤのチェーンの音が鳴り止まない。チェーンの音がなかなか遠ざからない事から、おそらく除雪車であろう。真冬なら夜中の内に除雪車が動いているのだが、誰も予想していなかった大雪だ。少し遅めの除雪作業をしている。

 ため息混じりの煙が風に揺られ舞い乱れる。僕の心境を表してるようだった。


 僕がタバコを吸い終わると同時に、待ってましたと言わんとばかりにアパートの扉が開いた。僕は開いた方に目を向けると、そこには扉に鍵を掛けている彼女の姿があった。


「お待たせ」


 5分くらい経ったであろうか。彼女は手に()()のような物を持ってこちらに歩いてきた。


「すみませんでした!あれは言い間違いというかぁ、冗談というかぁ」


 僕は必死に言い訳を口にするが、これと言ったセリフが出てこない。自分のボキャブラリーの少なさにため息が出そうだった。

 彼女は不思議そうに首を少し傾げて、僕を見つめる。


「あぁ、エイプリルフールの事ね。別に怒ってないけどぉ、怒った方がいい?」


「怒らない方が良いかと僕は願います」


「あらそう。なら願いを叶えましょう」


 なんとかなったみたいだ。こんな小さな願いでも叶ってよかった。危うく爆発寸前だった。

 でも何故だろう。()()()()怒っていてもおかしくない謝罪だった。いや、謝罪と言えるものではなかった。あれは、からかったような言葉だから。彼女が怒るような言葉を考えてしまった、数分前の自分の思考を止めたい。

 ただ、彼女は怒っていないようだ。怒っているように見えてもそうではなかった。意外と沸点は高いのかな。

 僕は一安心したが、もう一つの疑問だけが残った。

 取りに行った忘れ物がなんなのかだ。


「そういえば、何忘れたんですか?」


 僕は彼女が持っている手帳のような物を見ながら、答えはそこにあるが何かは分からない物について質問をした。


「あぁこれは」


 

 それは雪が降った春。桜よりも満開に雪が積もった春。

 昨日で終わり、今日から始まる、死に損ないの人生。

 そんな花のない僕に手を振るように揺れる桜の木。

 見下ろす太陽も対等に僕に向き合いだしたような春。

 

 彼女は白い息をこぼし、手に持つ手帳を見た後で僕の目を見てこう言った。




「これからの君が、描く物だよ」








 

最後まで読んでいただきありがとうございます!

誤字脱字などありましたらコメントにてお待ちしてます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ