まことさんの話〜肝試し〜
この話は、東北地方に在住の地方公務員の男性『まこと』さんから、二年前にかなり長いメールをいただいたものを、私がまとめ直したものである。本名かもしれないので、勝手ながら念のため少し名前を変えてあることは御承知願う。
まことさんが高校生のころ、肝試しに無理やり参加させられたことがあったという。
クラスをまたがる人気者の男女グループで比較的ばかをやるような連中が、夏休みに廃墟に肝試しに行くことを企画したという。
まことさんは、それらグループに属しているわけではなかったのだが、グループでも盛り上げ役的な存在であった同じクラスの男子生徒二人から、いっしょに企画を考えてくれと頼まれてしまった。どちらかいうと、いじられ役でおとなしいまことさんは、断りきれず、一方では少し面白いとも思って引き受けたそうだ。
この二人、AさんとBさんは、当日肝試しに参加できない風を装って、驚かし役をやることになっていた。
車もないし、手頃な心霊スポットの心当たりもなく、まことさんはどこで肝試しをするのかと疑問に思ったが、Aさんの親が不動産業を営んでおり、肝試しにちょうどよい建物があるのだという。廃墟というわけではない、しっかりした3階建ての建物で、もともとは、歯科医院や雑貨屋が入っていたのだというが、その後、新興の宗教団体の手に渡り、詐欺か何かで建物を撤退してから、借り手がいないのだという。
親から鍵をかりれば中に入れるし、放置された建物と違って浮浪者や不良と出会うリスクもないということだった。
まことさんは、本をよく読んでいてなんとなく怖い話にも詳しそうだという理由で、仕込み役の2人からアドバイザー的な役割を求められたのであった。
その2人とまことさん、それから肝試しの仕切りをするリーダー格のCさんを加えた4人で、その建物を事前に下見に行ったそうだ。中はきちんとした、きれいな事務所的な建物であった。
1階は、宗教の教義的な張り紙や、教祖のポスターなどが貼ってあるが特に怖い雰囲気もない。後は、いろいろな書類やファイル、文具やポット、コップなどで、特に目立つものもなかった。
2階は、壁に不思議な文様や呪文のようなものが書いてあって、御札もべたべたと貼ってあり、よくわからないが修行とか儀式に使っていた部屋なのかなと思ったそうだ。また、マイクやスピーカーセットなど音響機器、それから携帯型のラジオなどが転がっていた。
3階は立派なソファや椅子があり調度は社長室という雰囲気で、教祖や代表といった存在が使っていたものかと思われた。梵字らしい大きい文字や朱書きの記号が書かれた垂れ幕が左右の壁に飾ってある。
「こういうのって片付けたりしないのかね。次の店とかに貸せないじゃん」Cさんが、Aさんに尋ねた。
その疑問に対し、Aさんは、父から聞いたという内容で答えてくれた。その団体は、夜逃げのように消えたのだが、その際に一年分の家賃が振り込まれていたそうだ。建物を使ってもいいが、何も持ち出さないで、部屋もそのままにしてほしいとのお願いがあったとのこと。また戻ってきたいのかもしれないと考え、Aさんの父はそのままにしていたそうである。立地はわるくないのだが、不思議と借り手があんまり居着かないから、宗教団体でもいいから、また契約してほしいのだと考えたらしい。
ビル自体には特に怖い噂もないので、来週の肝試しまでに何か噂をでっちあげて仕掛けを考えろというのが、他の3人からのまことさんへの指示である。多少、怪談も嗜むという程度で、特に怖い話に詳しいわけでもないまことさんだが、部屋を移動して放置してあるものを眺めながら真剣に考えた。根が真面目なのであろう。そして、ふと、目に留まったのが2階に放置されたラジオだった。前に怪談の本で読んだラジオの話が思い出され、ラジオか、これが使えるかもしれないと、そう思った。
肝試しの方法としては、順番に建物に入り何かを持ってくるとか、印を付けて帰ってくるという方法が考えられる。だから、きちんと奥の部屋に入った証拠としては、1階にあるホワイトボードを各階の奥に置いて、名前でも書くのがよさそうだ。3階で名前を書いて、帰ろうとするところで、突然ラジオから音が鳴るというのはどうだろう。ただ、わっと驚かせるよりは、気が利いているように思えた。もし、ラジオを止めに来たら、そこで例えばAさんが机の下から、顔を出す。長髪のかつらでもかぶっておけば、どうせ暗闇だ、女の幽霊に見えるだろう。部屋から逃げようとしたら、入り口の扉の裏に隠れて、様子を撮影していたBさんが、なにか怖い仮装でもして入り口に立っている。仮装の内容はBさんにまかせればよいだろう。そこで驚いた参加者に仕掛けだとばらす。これを繰り返すのである。怖がらせすぎることもなくちょうど良い感じでスリルも楽しめて、仕掛けも比較的簡単だ。撮影すれば、あとで皆で鑑賞して楽しむこともできる。
この提案は受け入れられたが、問題は、怖い噂を作ることであった。やはり、曰く付きの建物だという背景と、ラジオに関する怖いストーリーがほしい。
そこでまことさんが考えたのは次のような話である。
もともと、この建物には店舗が居着かないので、比較的安くAさんの父が入手できたのである。その後、歯科医院が入ったが、1年後には3階で院長が首を吊って亡くなっている。次に入った家族経営の雑貨屋では、1階で販売をし、2階は事務所、3階は倉庫代わりにしていたのだが、3階でラジオから不気味な声が聞こえるのだと、手伝いをしていた高校生の息子が言い出した。ラジオは従業員が持ち込んで作業中に聞いていたものなのだが、男女のささやくような話し声や、不気味な呻き声が混ざってくるのだとという。ある従業員は、苦しい、死ななければよかったという声がラジオから聞こえるとともに、背後でがたっと音がして、振り向くと、白衣の男性が首を吊っていたのを見たそうだ。社員らは当然に自殺した歯科医院長を連想した。そして、ラジオを捨てても捨てても、不思議なことに、いつのまにか別の似たようなラジオが持ち込まれてしまうのだ。
店長が霊能力者に相談したところ、このビルの建つ土地にはもともと墓地があり、その霊たちがラジオを通じて警告しているのだと言う。このままではあなた達も命がないと言われ、雑貨屋は転居し、その後、ビルの借り手がなくAさんの父も困っていたところ、ビルを借りたのがその霊能者本人であった。彼は、霊たちを供養するとともに宗教団体として活動を広げた。しかし、数年後、この宗教団体が突然ビルからいなくなり、2階で複数の信者が亡くなっているのが発見されたという。発見時、部屋の真ん中にラジオが置かれ、ざあざあと音を発していたそうである。
そういった話を、Aさんが、建物を管理する不動産屋である父から聞かされたということにすれば、信ぴょう性もあって、みな怖がるのではないだろうかと提案した。
もちろん、ある程度事実を元にしたが怪談部分は全て作り話である。しかし、どうせ一晩だけの遊びであるし、後でばれても構わない。
それより、こんな話がするすると出てきたことに、まことさんは自分のことながら驚いたという。
ちょっと長いような気もしたが、3人とも気に入ってくれたようで、この話を肝試しの様子といっしょに動画サイトに投稿しようぜ、と撮影役のBさんはかなり乗り気になっていた。
当日の仕切り役であるCさんがこの話を練習し、ラジオの調整も念入りに行った。そもそも、ビルにあったラジオは壊れていて使えず、Aさんには、まことさんが使っていたラジオを渡して、きれいなノイズが出る周波数を探したりもしたそうだ。
さて、当日である。AさんとBさんは参加できないということにして、すでに建物の中に隠れている。建物の前に集まった10人ほどの男女に、Cさんが、Aさんから聞いた話だという体で話を聞かせた。まことさんは、その噂は自分もきいたことがある、などともっともらしいことをいってサポートした。自分が考えた話を皆が聞いているとき、恥ずかしいという感情とともに、Cさんの迫真の語りのためか、なんだか本当にそんな話があったのではなかろうかという気味の悪い感覚を覚えたという。
みんなが「まじかー」「のろわれてるじゃん」などとと言っている中で、Cさんは、「それでは肝試しを始めまーす」と明るい声で組決めを進め、そして一組目がビルに入っていくのを見送った。
最初のグループは最近付き合ったばかりの男女のカップルであった。流れとしては、1階、2階、3階のそれぞれの部屋に入りホワイトボードに名前を書いてくるルールとしているが、3階ではラジオの音で驚き、その後、ネタバラシされ、何もなかったという顔をして出てくるはず。
さくさく進めば5分もかからないだろうが、怖がってゆっくり進めば15分程度はかかるかもしれないと予想していた。懐中電灯の灯りが窓から散らつくので、今、何階にいるかはだいたいわかる。
さあ、三階に行ったぞと、皆が外から見守る。もうすぐ、怖かったーなどと言いながら、1組目のカップルが建物から出てくるかと待っていたら、意外にも錯乱した様子で二人が飛び出してきた。
「おい、やばいって。Aが、あいつ助けないとやばい。Bと、あいつらやばいって」
Cさんに掴みかかるように語るカップルの片割れの男性。女性の方は泣きじゃくっている。そのときは支離滅裂だったが、とにかくAとBがやばいということだけは伝わった。まことさんは、もしかしてAさんとBさんが何か予定を勝手に変更して悪ノリして怖がらせすぎたのかと思ったそうだ。
後にそのカップルが語ったところによると、二人が、恐る恐る三階の部屋に入ったとき、ざあーっという音が響いていて異様な雰囲気であったという。カップルの彼氏の方は『彼』、彼女のことは『彼女』と呼ぶことにしよう。彼は、なにか仕掛けがあることは予想していたので、そうきたかと思ったという。ラジオのことで怖がらせる話をしておいて、3階でラジオが流れていれば、それは驚くだろうが、仕掛けがあると予想していればそこまでは怖くない。彼女にだいじょぶだよ、Cの仕掛けだろと言って、平気な顔で部屋の中を進んだところ、部屋の真ん中に誰かがいることに気づいた。うわっと内心はびっくりしたが、悲鳴をこらえる。Aさんだった。Aさんが、机の上のラジオを無言で聞いていたのだ。
「なるほどね。お前、不参加とか言ってたけど怪しいと思ったんだよな。でもお前らの仕掛けにしちゃ地味じゃねえか」などと言って、彼がAさんに近づくも、Aさんは無言である。
「演技やめろって」と、彼がAさんに声をかけるが、Aさんは更に無言である。ラジオの、ざざざあという音だけが響く。彼女が「放っておこうよ、そういう演技なんでしょ。戻ろ。早くボードに名前書いちゃいなよ」と言うので、彼は黙るAを無視して、ホワイトボードに近づく。そこで再びどきっとした。Bさんが、無言でホワイトボードの横に突っ立って、スマホで撮影している。彼らではなく、Aさんを撮影しているのだ。
「こわっ、お前ら、最後までそれ続けるの?シュール過ぎ。どういう設定なんだよ」と笑って、ホワイトボードに名前を書く。
二人の名前を書いて、部屋を出ようとして、ラジオの音が、ざざざっと揺れたような気がした。
「な、なあ」ずっと黙っていたAさんが突然に声をかけてきた。
「なあ。行くなよ。助けろよ。なあ」
「は、まだ続きあんの。何、謎解きみたいなやつ」彼は続きがあるのだと解釈したのだが、どうもおかしい。Aさんが、顔をくしゃくしゃにして、うっうっと嗚咽を始めたのだ。そして、Aさんは、泣きながら、片言で告げる。
「動け、ねんだよ。ずっと、ラジオ、聞いてんだよ。みんなが、入ってくるんだよう。助けろよ。なあ。助けて、くれよ」
Aさんの冗談ではないと彼は感じた。「おいっ、立てるか」声をかけながら、Aさんを無理やり立たせようとする。彼女にも手ぇ貸せよと指示して、Aさんを連れて行こうとする。
すると、怒声が響いた。
「何やってんだ、こら」
Bさんだった。無言で撮影を続けていたBさんが、スマホを向けて撮影しながら近づいてきた。
「せーっかくありがたいラジオきいてるのによお、じゃますんのかよお」
「ちょ、ちょっと、あいつバット持ってるよ」彼女が指摘するとおり、Bさんが片手にぶらさげているのは確かにバットと思われた。そういや、Bは中学で野球部だったなどと無駄な情報が、彼の頭に浮かんだという。
「逃げんぞ。おい」彼が言う前に彼女は階段に向かって駆け出していた。彼はAさんを立たせようととしたが、Bさんはバットを振り上げて近づいてきたので、BさんがAさんに危害を加えようとはしていないと判断して、Aさんを置いて逃げ出したという。
と、これが、まことさん達がそのカップルに後から聞いた話であるという。
そうして、彼らは階段を駆け下りて、外の仲間に助けを求めた。皆が騒然として、まことさんはまだ状況が飲み込めず固まっていると、がしゃんとガラスが割れる音が聞こえる。3階を見上げると、続けて次々とガラスを割る音が響いた。
そのときは、カップルの訴えから、Aさんが何かやばいということと、Bさんがバットを持っていて危ないという話が何とか皆が把握できている情報だったが、皆同じように連想したのは、Bさんがバットで窓を叩き割っている姿であったという。
Cさんが、「野郎だけ行こう」と言って、まことさんを含む男子5名を連れて、階段を駆け上がった。
そこで、見たのは、錯乱して、窓や器物をバットで殴りつけるBさんの姿と、ラジオを前にして、泣きながら、ケタケタと笑うAさんの姿だった。
ケタケタという表現は、まことさんからもらったメールのままの表現を採用している。改めて、ケタケタとはどんな笑い方なのかネットで検索すると、奇妙で軽薄な笑い方、甲高いとめどない笑い方などと出てくるが、とにかくまことさんのメールによると、狂気を漂わせる笑い声であったようである。
5人はAさんを担いで、外に逃げ出したが、Bさんには危なくて手がつけられなかった。すぐに警察が来て、Bさんは取り押さえられ、Aさんは病院に運ばれた。
その後、Bさんはすぐに正気を取り戻したが、Aさんは再び登校することはなかったそうである。
それから、Aさんが、ラジオを持って、街を徘徊する姿が目撃されるようになったという。いつも、ざあざあという音が流れるラジオを聞いていて、誰かに危害を加えるわけではないが気味悪がられていた。まことさんは何度か、Aさんに会って話しかけたが、全く反応がなかったそうである。やがてAさんは、行方不明となり、今でも見つかっていないという。
もう一つだけ、続きがある。当時、撮影した動画をBさんが動画投稿サイトに公開しており、まことさんの作った話をあたかも実際の事件であるかのように紹介しているのだという。Bさんにどういうつもりか確認したところ、「事実を公開する必要があるだろ」とのことであった。その後、Bさんとは、連絡が取れていないが、そのビルは、今では立派な心霊スポットのように扱われるようになってしまったそうだ。
この話の舞台だが、森田さんと同じ都道府県なのである。後で、森田さんにも確認したのだが、やはり同じ地域の話であるようなので、おそらくこれはAさんが、タケシさんなのであろう。すると、この元はまことさんのラジオが、Aさんが何故か隣の家の小学生だった森田さんに渡し、今は、私の手にあるラジオということになる。
まことさんにもっと詳細を確認できればよいのだが、残念ながら彼に何度かメールを送っても、今のところ返信はない。