90・やはりベッドの上で目覚めたい
「・・・・・・・・・・んぅうう・・・
・・・・・ふわぁー・・・・・」
一番最初に目覚めたのは、一番最初に寝た翠。
体も心も十分に休憩を取った気分は、まさに『羽が生えたような感覚』
転生した当初と比べると、だいぶ体が野宿にも慣れてきたのか、回復もだいぶ早くなった。
夏の暑さがだいぶ和らぎ、窓を開けると涼しい風が駆け込んで来る。
空に向かって大きなあくびをした翠は、そのまま背伸びをする。
王都であれだけの大騒動が起こっても、少し離れてしまうと、そんな事情なんて誰も分からない。
旧世界では、地方のニュースでもしっかり取り上げてくれるメディアがいたから、今日本がどんな
状況なのかがすぐ分かる。
だが、時には『知らなくてもいい事・知る必要もない事』だってある。
それこそ、知ったところで自分に何のメリットもないのなら尚更。
(グルオフ達が王都に戻れるのは、大体いつ頃になるんだろう・・・?
そもそも本人達は、あんまり戻りたくないみたいだけどなぁ。
でも遅かれ早かれ、『戻ってもらわないといけない』のが、また辛いのかもしれない。
・・・これもまた運命なのかな・・・
人にも血筋にも、土地にも縛られる・・・なんて、文字通り『がんじがらめ』じゃん。
私だったら嫌だなぁ・・・
・・・でも、グルオフ達も「嫌」という言葉では片付けられないの、知ってるんだよなぁ。)
「んんんぅぅぅ・・・
おはよー、ミドリー」
「あ、おはよう、ラーコ。」
次に目覚めたのはラーコ。彼女もまた、翠と同じく、髪がえげつない事になっている。
とりあえず2人は髪を整えた後、外に出て井戸で顔を洗う。
宿を出て井戸を見ると、2人ともあの火事を思い出して、若干気まずい気持ちになる。
気持ち的にはもう2人とも吹っ切れてはいるのだが、根が優しい事もあり、まだ2人の心の中には、罪悪感が居残り続けている。
王都から離れて以降、火事が無事に鎮火した話は、すれ違った旅人達の話を聞けば分かるのだが、
それ以降の話は全然聞かない。
もう地下の調査を終えたのか、『偽の遺言』をちゃんと発見してくれたのかも、一切分からない。
でも、だからと言って、もう一回王都に戻って確認する気も起きない。
意外と5人の進行ペースが早く、今から王都に戻る事自体が大変なくらい、だいぶ王都から離れてし
まった。
王都からある程度距離があるから、情報がないのかもしれない。
この世界は、『広いようで狭い』
だが、もうここまで来たら、後戻りなんてできない。
不安は残るものの、歩みを止めるわけにもいかない。
「あぁー・・・いつでも美味しい水が飲めるって幸せだわー・・・」
「ラーコ、以前と比べて、髪が綺麗になってない? それもやっぱり、水のおかげ?」
「そう?
自分じゃ全然分からないけど・・・・・
・・・でも、前と比べると、確かに髪がサラサラして、軽くなったかも。」
ラーコは、綺麗に梳かした髪を後ろで結い上げ、長さを確認する。
翠もラーコも長髪な為、ある程度伸びてきたら、自分で切っている。
髪が長いと、後ろの方の毛先は自分でも切れる。グルオフの髪も、ラーコが長年切り続けていた。
この世界にも一応、『美容院』や『床屋』はある。
だが5人の場合は、邪魔に思ってもすぐには切りに行けない為、自然と自分達で切る技術が磨かれ
ていた。
「ねぇねぇ、ミドリ。ちょっと聞いてもいい?」
「何?」
「ミドリってさ、今何歳?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・ミドリ?」
(やっっっべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・・
私って、もう『18歳』?? それとも、まだ『17歳』??
えーっと・・・・・『転生前』は・・・・・えーっと・・・・・えーっと)
翠の誕生日は、『五月』
林間学校を迎えたのは、丁度彼女の誕生日と同じ月だった。
・・・・・が、そこまでしか彼女は覚えていない。
転生後、色々とありすぎて、過去がすっかり風化してしまっている。
風化してしまった過去を、ここまで悔やんだのは初めてだった。
何故か『両親との記憶』は風化せず、ずっと彼女の心の中に残り続けているのに、肝心な自分のあれ
これが、所々欠けてしまっている。
林間学校の初日、自分は『誕生日を既に越たのか』 それとも、『まだ越していないのか』
世界を跨いでしまった事で、時間感覚がゴチャゴチャになってしまい、自分の年齢ですら、しっかり
定まっていない。
これに危機感を感じた翠だが、自分の年齢を調べる術なんてない。
だから、とりあえず『適当な年齢』を言うしかない。
「えーっと・・・・・
確か『17歳』!!」
「何でちょっと迷ったの??」
「・・・まぁ・・・色々ね。」