89・逃げ出した先は 本人にしか分からない
モンスターからの収集品を町や村で売れば、旅費の問題はない。
戦闘員が1人増えた事で、収集品の量も質もだいぶ良くなってきている。
収集品を用いて武器や防具を強化したりするのは、翠の得意分野。
旧世界で、散々経験した。『ゲームの世界』で。
お金の使い方は不器用な彼女でも、『やり込み要素』に手抜きをしなかった翠は、素材一つも無駄
にはしない。
時には『何十時間』もかけて、一つの素材を求めた時もあった。
その成果を手にした時は、部屋の中を転げ回り、両親に本気で心配された事も・・・
動物を捌くのは得意なラーコでも、モンスターの素材を集めるのは苦手だった。
倒されたモンスターの亡骸を弄り、素材を見つけてはニヤニヤする翠の姿には、さすがにラーコも
ドン引きしてしまう。
しかし、翠の収集能力のおかげで、ラーコにも綺麗でオシャレな防具を作る事ができた為、モンスターからの収穫も侮れない。
翠には、毎回驚かされてばかりである。
「知らなかったなー、モンスターの素材が、武器や防具を強くしてくれるなんて。」
「姉さんもそう思うよね、自分も最初はびっくりしたんだけど、今はミドリがモンスターの素材を収
集する気持ち、なんとなく分かるようになった。」
そう言いながら、姉と弟はベッドの上で、先にぐーぐー寝ている翠の方を向く。
翠の持っている杖は、序盤に比べるとだいぶ豪華になり、購入しようと思ったら、軽く万は超えそうなくらい、高性能になっている。
だが、改めて考えると、ヒーラーがこんな豪勢な杖を持っているのは、かなりおかしな話である。
近接戦闘に特化できるように、槍やら鈍器やらをセットしてある杖なんて、もう杖ではない。
それでも、翠は何の違和感もなく振り回している。だから周囲も、段々と違和感を感じなくなる。
今、自分達が一体どこまで進んだのか、こまめに地図を確認しながら、道中に寄る村や町も目印に
する。
地図に『矢印』や『丸』が描き足されていくうちに、地図もだんだんボロボロになっていく。
一応地図の予備も買ってあるのだが、シキオリの里に辿り着くまで、一体何枚必要になるのか、想
像もつかない。
ゆっくりと、でも確実に進行する5人。
歩みを進めていくと、王都の事も気に留めなくなり、火事の件もすっかり5人の頭の中から消えて
いた。
ようやく周囲を気にせずに振る舞える嬉しさから、グルオフやラーコは、途中からフードを被る事を忘れていた。
前は寝る時ですらフードを被っていた2人、もうフードが『癖』になっていたのだ。
しかし、その癖はあっという間に消えた。
ある意味、2人を縛っていたのは、それくらい曖昧で、脆いモノだったのだ。
(・・・・・・・・・・なんか。
まるで『昔の私』みたいだな。スケールがだいぶ違うけど・・・)
(苦しいな)(辛いな)と思った時点で、その場から逃げ出すのも、また一つの『生きる術』
しかし、それを翠・グルオフ・ラーコがやらなかったのは、色々と事情や状況が違うものの、やはり『恐怖』が一番の原因だった。
何をするにも、やはり『全てを投げ出す』というのは、誰でもできる事ではない。
人によっては『責任逃れ』や『卑怯な行動』と取られてしまう。
だが、そんな冷酷な事を言えるのは、『第三者』だから、事情を何も知らないから。
『戦略撤退』なのか、『責任逃れ』なのかは、当の本人か、関係者にしか判断できない。
例えるなら、長年現役で頑張り続けた『スポーツ選手』が、様々な事情で『引退』を考えていて
も、なかなか踏み込めないのと同じ。
そのスポーツ選手が悩んでいる間にも、マスコミがあれやこれやと騒ぎ立て、根も葉ももない噂が満映してしまう事も。
体力も精神力も、凡人の何倍以上もあるスポーツ選手でさえ、全てから身を引くのは勇気がいる。
それが決して、正しい判断なのか・・・なんて、誰にも分かる筈がない。
口を出せるのは、その『スポーツ選手自身を知っている人』のみであり、『マスコミでしかその人
を知らない 第三者』ではない。
それに、実際に引退してみないと、分からない事だって沢山ある。
引退したけど、やっぱりスポーツが好きなままの人もいる。
引退して、新たな事に挑戦する人もいる。
引退後は、普通に余生を過ごす人もいる。
結局のところ、周りの人間に『正解』も『不正解』も決められない。
SNSでは、その正解・不正解論が議論される事があるものの、あれは結局のところ『他人事』でしかない。
『他人の不幸は蜜の味』と同じく、『他人の話は盛り上がる』というもの。
『いじめ』から逃げ出すのは正解なのか 不正解なのか
『隠居する境遇』から逃げ出すのは正解なのか 不正解なのか
誰も分からなかったからこそ、3人は踏み込めなかったのだ。
逃げ出して正解した人の話も、失敗した人の話も、あちこちでよく聞く。
でも、今の3人は、正解も不正解も考えていない。むしろ
『満足』であるか 否か
の考えである。そっちの方が、結論が出やすいから。
もちろん、3人だけではなく、5人全員が、この旅路に満足している。
シキオリの里が見つからなかったとしても、また次の計画を練る気満々である。
5人は、まだまだこの世界を見て回りたい。
そして、自分が本当に小さな存在である事を、常に自覚していたい。
そうすれば、もう些細な事で悩む心配も、不安に思う事もない。
自分達の不安や恐怖なんて、この世界からすれば『蟻』と同じくらい、小さすぎるもの。
その小さすぎる問題を抱え込み過ぎないようにするには、自分が些細な存在でしかない事を心に刻み続ける。