『トラップ』
「っ?!! おいっ、この『縫われている文字』を見ろ!!!」
「えっ??
何なんですか、急に・・・」
いきなりびっくりした先輩兵士に、周囲にいた後輩は体をびくつかせた。
その小さい服の襟元には、丁寧に刺繍された名前がしっかり残っている。
他の兵士達が、その縫われた名前を見てみた・・・が、全員ピンとこない表情を浮かべる。
これに、先輩兵士は痺れを切らし、詳細を語る。
「思い出せよ!!! 王家から直々の『指名手配犯』の名前!!!」
「え?? あれってデマなんじゃ・・・??」
「だよな・・・だって話があったのって十数年も前だし・・・」
「だとしたら何でこんな物がこんな所から出てくるんだよ!!
きっと・・・此処を『隠れ家』にしていたんだよ!!
『コンゴゥ』は!!!」
王家から直々に『指名手配』の調査が下されるのは、かなり珍しい事。
王家に直接弓を引いた貴族や王族だったり、王都の住民を何十人も手にかけた殺人鬼でないと、王家が特定の人物を危険視する事はない。
だが、最近は王家が直々に指名手配を下すような事はなかった。
それくらい、この国は『平面的な平和』が保たれているのだ。
その奥底を、ほぼ全ての人が見ていないのだが・・・
・・・いや、一番目を背けているのは、偽・王家なのだ。
何故なら彼らは、自分達の犯した大罪ですら、目を塞いで見て見ぬフリをしながら、王家の座
に居座り続けている。
そんな彼らに、この国の根底に潜む闇を、解決できる筈がない。
コンゴゥの一家が指名手配にされたのが随分昔だった事もあり、入ったばかりの兵士はあまり
信じていなかった。
それこそ、長年この王都に住んでいる年配者や、長年王家に所属していた兵士くらいしか、もう知らない話。
一昔前まで、もう何十人・何百人もの兵士が、『貴族階級への進出』という野心胸に、王都の
ありとあらゆる場所を探していた。
よくよく考えてみると、だいぶ怪しい司令ではあったものの、出された褒美がとんでもなく豪華だった為、誰も疑いの目を向ける事はなかった。
熱心に調査をしていた兵士のなかには、人の家へ勝手に上がり込む兵士もいれば、王都の外へ
探しに行く兵士も。
だが、長い間どんなに探しても、手がかりすら掴めず、挑む兵士の数も段々と減っていった。
しまいには、『夢物語を追い求める愚かな兵士』として、もう探す事すらタブー化していた。
「でもサイズ的に、これって『子供』ですよね?
指名手配の指示が下りたのは『10年』くらい前ですよね?
なら、計算が合わないんじゃ・・・??」
「まさか・・・・・『子供』か?!!」
「先輩っ!!! これ!!!」
他の兵士が手にしているのは、テーブルの上にあった『手紙』
その内容を斜め読みしただけで、指名手配の事情を知っていた兵士は、頭がクラクラしていた。
「辞世の書
もう耐えられない、もう生きられない。
痩せて、心身共に崩れていくこの子を見ているのが、もう見
ていられない。
私達を長年守り続けていた『アメニュ一家』も、『伝染病』にかかって全員全滅。
結果的に、生き残ったコンゴゥ一家は、私1人だけになってしまった。
後継者の為、『アメニュ一族との間に誕生した子供』を身籠り、出産できたのに・・・
この過酷な状況下で、もう生きられる支えが、誰1人としていなくなった。もうこれ以上は生き
られない。
これ以上、この子に苦しい思いをしてほしくない。後継者を願った母親の私が馬鹿でした。
本当にごめんね、ごめんね、愛しい我が子。貴方の事は、本当に愛していたわ。
いつの日か、貴方と共に、太陽の下を歩ける日を、ずっとずっと望んでいました。
その為に私も色々と頑張ったけど、もう無理ね。
お母さんと一緒に、 数年前に炭になってしまった夫 の元へと行きましょう。
でも、この書を読んでくれた人がいたのなら、この部屋を見つけてくれる人がいたのなら。
どうか、私の『死後の願い』を聞いてください。
どうか、この場所を『王家』には晒さないで頂戴。
此処は薄気味悪くて、居心地の悪い場所だったとしても、此処には我が子と過ごした思い出が
ある。
その思い出達を、王家の人間に晒すわけにはいかない。笑われるわけにはいかない。
それが、私の『維持』です。
どうか、よろしくお願いします。
ホープ・K・コンゴゥ
そして、我が子の死を 此処に記す」
その手紙に綴られている文字はとても綺麗で、明らかに『つい最近書いた』物であった。
机の上に置かれているペンも、まだインクが完全に乾き切っていない。
手紙の文面だけで、あの火事の原因は何だったのか、誰が火元になったのか。
すぐさま分かった。
内容をまとめると、今まで頑張って隠れ住んでいたコンゴゥ一家にも限界がきて、陰ながらに
して守り続けてくれたアメニュ一家も全滅。
そこで、唯一生き残った『ホープ』は、自分の息子と共に、炎の中に身を投じて・・・
手紙を発見した兵士達は、やりきれない気持ちだったが、その気持ちの理由は、兵士達によって異なり・・・
若い兵士達は
「残念だったろうに・・・此処まで生きながらえたのに・・・」
「やっぱりこの文面からするに、子供も一緒に・・・??」
ベテランの兵士達は
「残念だったな。俺も貴族の座を狙ってたんだが・・・」
「やっぱり、王家の言っていた事は、間違いではなかったんだ。
ならもう少し、具体的な指示を出してくれてもよかったのに・・・」
不思議だ。全員が同じ気持ちで、全員でがっくりしているのに、その理由にここまで差が出て
いる。
若い兵士が、特にやりきれない気持ちを抱いているのは、『亡くなったであろう子供』
それがもし、自分の子供だったら、同情するだけで涙腺が熱くなってしまう。
何の罪もない子供が、親同士の争いによって命を落とすのは、誰だって釈然としない。
一方、ベテランの兵士が、特にやりきれない気持ちを抱いているのは、『王家から提示された
褒美』
もし、指名手配だったグルオフ一族を捉え、王に差し出していたら、毎日汗水垂らして働く必要なんてなくなる。
重い鎧や剣からおさらばして、何もしなくてもお金が流れて来る生活、そんな『欲』にどっぷ
り浸かった生活に、彼らはずーっと憧れていた。
だが、捕らえる筈だった一族が、もう既に真っ黒な煤になってしまえば、もうどうする事もできない。
兵士達は、ただただ虚しく、自分達の思いが消えていくまで、その場に立ち尽くす。
いつの間にか聞こえなくなった、井戸端会議の話し声が懐かしく感じる程、地下は静まり返っていた。
そう、この世界には、『本物』を証明できる方法は薄い。
だから、『偽りの手紙』でも、『そこに手紙があった』という事実さえあれば
『真実』になる。