『炎の夜』を超えた王都
「馬車の主さんよぉ、今日じゃなきゃ駄目なのか?」
「あぁ、こっちもこんなに『大人数の覚醒者』、抱えきれねぇんだよ。
・・・それにコイツら、全っ然仕事もしてくれないしさ。頼むよぉ。
王家から何かしらのお言葉があれば、コイツらも真面目に働いてくれると思うんだよ。」
「とは言ってもなぁ・・・・・」
その日、門は全て封鎖され、いつもは人の往来で大いに賑わうのだが、今日は『違う意味』で
騒々しい。
せっかく王都までの、険しい道のりを超えて来たのに、あと一歩のところでゴールに辿り着けない・・・なんて、あまりにも残酷である。
だから、文句の一つでも言いたくなる旅人達。だが、それは旅人に限った話ではない。
王都に住む住民のなかには、『王都の外』で仕事をする人も多い。
その人達にとって、王都から出られない事は、『仕事を奪われた』事にもなる。
門の内と外で大揉めになっている、朝っぱらからカオスな光景。
祭りを終えて、「よーし! 明日から仕事頑張るぞー!」と思っていた矢先に、その出鼻を挫
かれてしまったショックは、王都やその周辺に響き渡った。
旅人のなかには、祭りの翌朝には故郷へ帰る人もいるのだが、延長で宿泊するお金を持ち合わせていない人もいる。
国側が何かしらの補償をすれば、少しは混乱も収まるのだが、上層部も上層部で、庶民にどう
やって弁解するかで揉めている状況。
「誰が説明するのか!」 「情報はまだなのか!!」
と、城の中で多くの声が行き交い、正確な情報がしっかり流れているのかも分からない状況。
多くの貴族や王族が、何処から流れたかも分からない噂やデマを信じたり、それを諌めようとする仲間に八つ当たりをしたり。
騒動の収束は、まだまだ先の話になりそうだ。
大騒動になったせいで、祭りの後片付けがいつも以上に増え、兵士達もぐったりした様子で、
住民達にちょっかいをかける余裕すらない。
夜中に叩き起こされ、夜明け頃にようやく完全鎮火できても、その後の処理がまだまだ続く。
いつもよりげっそりした兵士達の表情に、庶民達も同情していた。
昨日のお酒がまだ抜けきっていないのか、ほぼ全員の兵士達は、頭を抱えながら、難しい顔をしている。
門の番をしている兵士達は、説明こそしているが、詳しい事までは分からない。
まだ調査が済んでいないから、門閉鎖の詳しい事情なんて、「昨晩の火事で・・・」としか言えない。
この世界には『消防車』も『消防士』もいない。
『水』を操れる魔術師を片っ端から読んだり、バケツリレーで水を運んだり・・・と、かなり原始的な方法での消化作業だった。
地下の規模は王都全体に及ぶ為、火災の規模もそれくらい大規模だった為、昨晩は誰しもが寝
付けない夜になった。
加えて、お祭りの疲れがまだ抜けきっていない顔をしている王都の住民は、どうにか重い体を動かしながら、祭りの後始末に取り掛かる。
あちこちで露店の骨組みが折れ、散乱するグラスや皿の破片。
もう無事な物は無い事を覚悟した上で、住民達はせっせと手を動かす。
子供達も毎年、この後始末に参加する為、王都内の学校は休校になる。
だが、今年は『別の意味』で休校になった。
しかも、外に出る事も禁止され、子供達は朝からブーブー言っている。
仕方ない、地面には割れているガラス等の危険物が散乱している為、怪我をするかもしれない。
その上、王都の医師達は、ほぼ訓練場に出張している。
火事の鎮火にあたった兵士のなかには、体調不良を訴える人も大勢いる為、訓練所もだいぶ混沌としている。
重傷者はそれほどいないのだが、ただでさえ人手がない現状では、多少無理してでも現場に向
かわないといけない。
火災の目撃場所である古井戸には、兵士達がしっかり警備しているのだが、彼らも彼らで、古井戸を恨めしそうに見ている。
炎のせいで、古井戸を含めた周囲が、真っ黒に焦げ上がっている。
そして、続々と調査に来た兵士達が、腰をガクガクと震わせながら、井戸の底へと降りていく。
グルオフやラーコが設置した縄は、もう炎の勢いで完全に炭になってしまった。
兵士は、近くにあった丈夫な柱に新品のロープを巻きつけ、それを井戸へと垂らす。
だが、井戸の壁面が煤によって滑りやすくなっているのか、調査は思うように進んで
いない様子。
「・・・チッ、早くしてくれよな・・・」
「おいっ!! 多美!!
ここまで連れて来てくれたんだから、ちょっとくらい我慢しろよ!!」
「だってさ・・・・・
なんで私たちがこんな目に・・・」
本人達は、周りには聞こえていないように気を遣っているつもりなのかもしれないが、実際は
丸聞こえである。
馬車の主は、ため息をつきながら馬車の中を見ていた。
『覚醒者』という事で匿ったにも関わらず、覚醒者らしからぬ態度や言動の数々に、いい加減
うんざりしていたのだ。
森から脱出した『38名』は、近くを通りかかった狩人達に発見された。
38名は、
「此処が一体何処なのか」「日本は何処にあるのか」「町へ行く方法は」
・・・と、狩人達を質問攻めにした。
最初はその質問の数々にあたふたしていた狩人達だが、38名の体に刻まれた『覚醒者の証』を見て、喜んで村へと案内した。
覚醒者さえいれば、狩人や村が、モンスターに襲われても大丈夫。
狩人はそれを期待して、38名という大人数を匿った。
・・・・・が、彼らは狩人の期待を、無慈悲に裏切ってくれた。
村へ向かう道中に、『スライムの大群』に遭遇して、狩人達は38名に討伐をお願いした。
だが、彼らは武器を手にする事すらせず、ただただ周りに仕事を押し付け合う38名。
これには狩人達も、絶句するしかなかった。
モンスター界隈のなかで、最もレベルが低いスライムに対して、退治を嫌がる覚醒者・・・な
んて、名前負けにも程がある。
結局救助された38名は、避難した村でも何の役にも立たず、飲んで食べての生活ばかり。
保護している村にも色々と限界がきて、王家へ引き渡される事になった。
だが、38名は自分達が『お荷物』として運ばれて来た事を、まだ知らない。
何故なら、彼らが住んでいた世界では、『困っている人を助けるのは当たり前』という感覚
が、体にも脳にも染み付いているから。
むしろ、『助けられて当然』という感覚の38名である。




