82・酒池肉林(しゅちにくりん)の屋根の下
テントの下は、まさに『酒池肉林』な状態。
鎧を脱いだ兵士達が、酒を片手にドンチャン騒ぎをしている。
地面には食べかけの料理が落ちたままで、酒の匂いと入り混じってかなり臭う。
にも関わらず、兵士達はゲラゲラと汚い口で笑い合っている。
テーブルの上に置かれている料理も滅茶苦茶で、まるで『残飯』だった。
もう祭りの警備なんてそっちのけで、各々が酒に溺れ、周りの冷たい視線なんて一切気にしない。
・・・おそらく彼らにとっては、その冷たい視線でさえも、『自分達に嫉妬する、哀れな庶民
の視線』として捉えられているのかもしれない。
実際は、自分達より地位の低い庶民から、『憐れみの視線』を向けられているとも知らずに。
まさかこんな人達が、王都に住む人々の命を守っている役目を担っている・・・なんて、事情
を知らなければ分からなくても当然な光景。
周囲も気にせず自分勝手に飲み食いする『乞食』と思われても、何の違和感もない。
むしろ、そう説明された方が納得できる。
今まであまり地上に出なかった2人は、絶句するしかなかった。
グルオフが話していた偽・王家が、まさか兵士たちまでも堕落させているなんて、思いもよら
なかったのだ。
だが、正式な王家が王座に就かなければ、大抵色々とな事が崩壊する。
何故なら偽・王家は、正式な手段を踏まず、追いやった形で座に就いたのだから。
だから、偽・王家に『兵士の何たるか』が、分かる筈もない。
傍若無人を指導する事もできなければ、諌める事すらできない。
その時点で、もう王家としては疑うレベルである。
2人呆然と見ている間にも、兵士は料理を運んでくるモンスターにも、横暴な態度を見せる。
「おい!! 化け物ぉ!!
ビールもっと注いで来い!!!」
「はっ、はい!!!」
「さっさと持って来い!!! 心臓破かれたいのか!!」
「すみません!! すみません!!」
モンスターを奴隷のように扱っている兵士の姿には、近くの露天にいる人々も、モンスター達
に同情の視線を向けていた。
ヒーヒー言いながら兵士達の言いなりになっているその光景に、一番心を痛めているのは、クレンだった。
自分の境遇と照らし合わせても、兵士の言いなりになっているモンスター達の方が、自分の過
去よりよっぽど過酷だった。
相手は手ぶらではない、しっかりした武器を備えた、地位もそれなりにある兵士。
そんな相手の機嫌を損ねたら、怪我では済まない事態になるかもしれない。
だからこそ、従うしかないのだ。どんな難題でも、難癖でも・・・
しかし、そんなモンスターに対して向ける視線が『侮蔑』だけではなく、『同情』
の視線が多い事も、クレンは驚いていた。
てっきり、兵士達に同調して、庶民達もモンスターに対して、冷たい視線と態度を取るのかと思っていた。
お祭りを一緒に盛り上げようと、人々と一緒に働いているモンスターも割と多いのだが、彼ら
の待遇は、決して『劣悪』とは言えない。
『都会』と『田舎』の違いなのかもしれないが、クレンは『カルチャーショック』に、ちょっと自分が恥ずかしく思えてしまう。
「・・・なんか、一体何のお祭りなのか、分からないな、リータ。」
「そうだね。皆がどうしてこの場所を避けているのか、何となく分かったよ。
多分、この前ミドリがラーコさんに怒られていたのって、彼らが原因なんじゃ・・・?」
「・・・・・あぁー、なるほどな。ミドリは・・・『命知らず』だけど『優しい』からな。」
一聞すると、『若干の悪口』に思われるかもしれないが、彼なりに誉めているつもりなのだ。
何故なら、実際彼女は、命知らずだけど優しい。それは、クレンが一番よく知っている。
露店通りを見渡すと、警備する兵士の姿は1人としていない。
兵士全員が、お酒に溺れて仕事をほっぽり出している。
だが、民にとってはそっちの方がいい。
どこに難癖をつけられるのかも分からない相手に守られるより、自分自身で身の安全を守った方が、精神的にも良い。
しかし、それでは兵士としての役目がなくなる。
にも関わらず、兵士達は庶民の何倍も給料を貰っている。
その上、その給料は、庶民から徴収されたお金。兵士達にとっては、一石二鳥以上の話。
逆に、守られもせずお金を払わされているだけの庶民にとっては、とんでもない話。
しかし、その不満を誰も口にはできない。言ったところで、全ての告発が無意味だったから。
兵士達は、自分達がそんな目で見られているのに気づいているのか、あえて気づかないフリをして、好き放題にやっているのか・・・
どちらにしても、誰しもこの現状を見れば、『兵士以外』なら、誰だってため息をつきたくな
ってしまう。
せっかくのお祭りなのに、兵士達のどんちゃん騒ぎのせいで、思う存分楽しめない。
何も知らない子供が、兵士達のいるテントに向かおうとすると、全力で親が止めに来る。
その迫力は、まさに『命懸け』
そんな親の様子に、子供もドン引きしている。大人よりも、子供達が一番かわいそうだ。
お行儀悪く料理をクチャクチャと食べている兵士達は、ある意味子供よりも『大人気ない』
「・・・あれが・・・この王都を守る兵士の姿か・・・」
「この国を仕切っている王家が偽物なのはもう知っているけど、その偽・王家が、こんな兵士達
を野放しにしているなんて・・・」
「・・・・・とりあえず早く買い物を済ませよう。僕達も、目をつけられたくないし・・・」
その後、ちゃっちゃと買い物を済ませ、ちゃっちゃと地下へ帰ろうとする2人。
祭りは夜遅くまで続くそうだが、2人はそんな時間まで楽しむつもりはない。
ご飯だけ買って、後は帰るのみ。
露店の何処を歩いていても、兵士達の下品な笑い声や騒ぎ声が聞こえる。
こんな環境で、祭りを楽しめる訳がない。
王都の中心では、『踊り子』や『演奏家』が、各々のパフォーマンスで客を盛り上げている。
この国では見かけないような、珍しい楽器を演奏している人もいれば、色っぽい踊りを披露する人もいる。
彼らのパフォーマンスをしばらく見ていたい気持ちもあるが、御馳走はやっぱり熱々の時に、
待たせている3人に食べさせてあげたい。
せっかく王都に来たのに、王都でしか味わえないイベントに参加できないのは、多少悔しい2人だったが、地下にいる3人も同じく参加できていない。
だから、悔しさはちょっぴりで済んでいる。
何故なら同じ思いをしているのは自分だけじゃないから。
「・・・ねぇ、兄さん。」
「何?」
「あの・・・あそこにいる人達って・・・」
リータが指を指したのは、パフォーマンスをしている人々よりも少し奥。
兵士達が使っているテントより、明らかに豪勢な屋根のテント。
そして、その屋根の下で、優雅な晩餐を堪能している人々こそ・・・