78・だって 仕方ないでしょ
「大丈夫ですか?」
「・・・・・へ?」
ビールでベトベトになってしまった女主人に、優しく手を差し伸べてくれる『旅人』がいた。
彼女はフードを深く被り、顔は見えないものの、背中に背負っている『杖』だけで、彼女が『ヒーラー』なのがすぐ分かる。
女主人は彼女の手を取り立ち上がった・・・が。
「痛っ!」
兵士の剛腕で投げつけられた木製のジョッキは、地面でバラバラになっている。
その破片を手で押し込んでしまったのか、女主人の掌に、血が滲んでいた。
それを見た旅人は、すかさず背中にある杖を手に取り、その先端を女主人の掌に向ける。
すると、掌がパァァァっと光り、切れた箇所がどんどん塞がっていく。
糸や針を使わず、切り口が塞がっていくその光景に、思わず女主人は「ヒッ・・・!」と声を
上げてしまう。
だが、ヒーラーの手にかかれば、切り傷怪我なんて、あっという間に消えてしまう。
その一部始終を見ていた周囲の人々も、「おぉー!!」と言いながら、旅人に拍手を送る。
「あ・・・ありがとうございます! 旅人様!」
「この王都でお世話になっている身ですから、これくらいはしないと。」
「おい!! そこの旅人!!」
「・・・・・何ですか?」
案の定、騒ぎを聞きつけた兵士達が、女主人と旅人を取り囲む。
そんな兵士達の態度を見て、彼女は「はぁー・・・」と、大きなため息をつく。
「あぁ?! 何だその態度は!!」
翠が王都で兵士を怒らせたのは、これで『2回目』である。
(そろそろ顔を覚えられてもおかしくないな・・・)と思いつつ、翠は兵士に対して高圧的な態
度を取る。
別に意図して取っているわけではない、下手にペコペコと頭を下げてしまうと、相手が調子に
乗ってしまう。
それに、相手だって旅人に対して大声で捲し立てるような態度をとっている。
つまり、『お互い様』である。
だが、兵士に楯突く旅人は初めてなのか、傍観者達(住民達)はアワアワと焦っていた。
奥の方では翠に対して
「命知らずか?!」「かわいそうに・・・」
と、同情の声を上げている。だが、翠は相変わらず、涼しい顔をしている。
何故ならもう、兵士の力量を理解しているから。だが、油断はしない。
「あんたなぁ、この王都に来たからには、しっかりこっちのルールを守ってもらわないと困るん
ですよねぇ。」
そう言って、兵士は整った翠の顔を見てにやけながら、彼女の肩を掴もうとする。
明らかに『いやらしい目』で翠を見ながら。
だが、翠はすかさず杖を向けた。『冷徹な目』をしながら。
すると、その兵士は目を見開いて、何かを思い出したような顔になる。
「お前・・・・・
まさか最近、兵士の仕事を邪魔した旅人か?!」
翠は一瞬体をビクッとさせた。もうそこまで話が回っている事に、ちょっと驚いた。
だが、兵士の言葉を聞いて、住民達の顔は一気に明るくなった。
彼女は、誰も歯向かえない厄介な兵士に、唯一対抗できる存在として、王都の住民から尊敬さ
れていた。
何だか自分の知らない場所で、どんどん話が大きくなっている事に気づいた翠は、とっとと逃げる事に。
しばらくずっと地下にいたせいで、王都で自分の件が広まっている事も、全く知らなかった。
調査に没頭しすぎた結果である。
「あっ!!! こら!!!
待てぇぇぇ!!!」
翠は祭りの準備で立てかけられている荷物を足場にして、家の屋根へ登る。
兵士も後を追おうとしたのだが、翠の素早い身のこなしに、頑丈で重い鎧を身に纏った兵士では敵わず。
ただ、その兵士が鈍足の原因は、鎧だけではない。
任務を放ってサボってばかりな体では、翠の速さに追いつける筈がない。
こんな場所で、兵士は自分の無力さを痛感しる。
「チッ!!! ヒーラーなのになんて速さだ!!!」
舌打ちを打ちながらも、兵士は翠に唖然としながら、関心している感情が顔に滲み出ていた。
ここまで清々しい態度で逃げられてしまうと、怒りの感情も根こそぎ取られてしまう。
まるで、宝石やお宝を余裕な表情で盗み取る『ルパン』の様に。
住民達も、一体翠が何処へ逃げて、何処へ隠れたのか目で追っていたが、翠はあっという間に見えなくなった。
その姿は、まるで『忍者』か『シーフ』
だが、シーフが杖を持つわけがない。シーフが常備する武器は、大抵『ナイフ』か『弓矢』
しかし、あれは明らかに杖だった。
かなり改良されていて、若干『槍』にも見えるが、やはり杖。つまりヒーラー。
何故ヒーラーが、あんなに俊敏な動きができるのか。
回復魔法専門なのに、何故兵士に楯突く事ができたのか。
当事者である兵士も、周囲で見ていた住民達も、頭をかしげるばかり。
もう祭り準備そっちのけで、先程の出来事を皆が必死になって思い返していた。
まるでその場所だけ、時間が止まった様に・・・・・
「あっぶなぁー・・・
何とか逃げられてよかったぁー・・・
今回は追手も・・・来てない! いよしっ!!」
翠はガッツポーズをしながら、屋根の上から路地裏に飛び降りる。
「やぁ。
さっきの一部始終、見ていたよ。」
「っ?!!」