76・変わりつつある『人間関係』
「私の覚醒者としての力は弓を射る力じゃないのよ。『矢』の方なの。」
「・・・とすると・・・矢に色々と魔法を加える・・・とか?」
「そう。
『毒矢』を生成する際は、『矢』に『毒』を塗り込まないといけないんだけど、私の場合はそ
の『手順』も『素材』も必要ないの。
矢を弓のツルに乗せて引いている時に念じれば、普通の矢でも『毒矢』になる。
他にも、『炎』を加えれば『炎矢』に。
『冷気』を加えれば『冷矢』になる。
・・・お父さんとお母さんが別れる時にね、お父さんがこの弓をお母さんに託したの。
お父さんの腕もお母さんの腕も、ほぼ互角だったそうよ。」
「へぇー・・・
さっすが『覚醒者ファミリー』」
「なかなか語呂がいいじゃないの。」
2人で笑うラーコと翠。そんなラーコを、グルオフはニヤニヤしながら見ていた。
弟分のグルオフにとっては、姉であるラーコが、歳の近い同性と一緒に喋っている光景を見るのが、初めてだったのだ。
この地下道に、今まで人を招いた事なんてない。
だからグルオフもラーコも、同い年の同性と喋った事なんて、今の今まで一度もなかった。
翠も、こんなにラーコと仲良くなれるなんて、正直思っていなかった。
何故なら翠は、旧世界で『信頼できる友人』というものを、つくった事がない。
学校行事で『班』や『グループ』に分かれても、結局はのけ者にされる。
『いない者』として、話が進められ、勝手に終わっている。
だから、翠に文化祭や体育祭の記憶が薄いのも、仕方のない事。
小学校三年生の時には、先生が気遣って、翠と仲良くなれそうなクラスメイトに声をかけた。
だが、口では先生に「分かりました」と言っていたクラスメイトでも、実際に行動に移してく
れる人はいなかった。
生徒にとって、時と場合によっては先生より、学校を牛耳っている同じクラスの生徒が怖い。
一度目をつけられると、なかなかレッテルが剥がれてくれず、翠と同じ目に遭わされるかもし
れない。
そう思うと、話したくても話せなかった。
『学校』という名の『世界』は、まさしく『閉鎖されたド田舎』の様なのだ。
そんな場所で、窮屈な思いをしてきた翠が、初めてつくった『同性の友達』は、異世界転生し
てようやくつくる事ができた。
他愛のない話をする事もできれば、真剣な相談を話す事もできる。そんな、最高の友人を。
旧世界では、『共通の趣味』で仲良くなるケースが多いが、翠とラーコの場合は、『共通の立
場』で仲良くなったのだ。
同じ『覚醒者同士』、辛い事も不安な事も語り合える。2人は、そんな相手をずっと待ち望んでいた。
その横で、2人を見ていたグルオフは、ちょっと複雑な心境を顔に滲ませる。
まるで、『親離れを始めたばかりの子供』の様に。
グルオフも欲しいのだ、『同性の友達』が。冗談を言ったり、ふざけ合ったりできる友達が。
しかし、グルオフはまだ9歳にも関わらず、背負っているものがあまりにも多すぎるせいで、同じ9歳の男女とは釣り合いそうもない。
9歳といえば、まだ両親に頼りっぱなしの生き方に、何の違和感も感じない、未熟な人間。
しかし、グルオフはもう『成人男性』と同じくらい、性格も行動もしっかりしている。
むしろ、大人よりもしっかりしている部分も幾つかある。
そんなグルオフが、9歳の『お菓子についての雑談』や『将来の夢についての雑談』を、自然とできるわけがない。
恐らく、貴族や王族の子供とも釣り合わない。
それくらい、グルオフが今までに辿ってきた道のりは、常人では決して歩めないような、『イバラで作られた道』
でも、リータが『愛のある家庭』を望んでいたのと同じように、グルオフも望んでいたのだ。
『何でも話し合える、同性の友達』を。
「・・・グルオフ?」
「えっ・・・??
あぁ!! あぁ!! ごめんごめん!!」
「大丈夫? もしかして、具合でも悪いの?
私、一応『回復魔法』も習得してるんだけど、それ使えばどうにかなるかな?
ラーコ、どうかな?」
「いやぁ・・・それは分からん。クレン、後々の事も考えて、薬一式買ってきてよ。」
「一式ってどれくらいの値段するかな?
というか、一式って言われても、自分にはさっぱり・・・」
「あぁ、じゃあ僕も行きますよ。ドロップ町で培われた知識もあるから。」
グルオフにとっては、頼りになる『兄』や『姉』が、一気に増えたような感覚である。
ラーコに似て、ちょっと危なっかしいけど、多くの人をまとめ上げる力を持つ翠。
まだ姉にタジタジながらも、頑張って皆の役に立とうと頑張るクレン。
皆よりも知識が豊富で、いつも冷静に周囲を見る事ができるリータ。
仲間としては、文句無しのメンバーである。
一癖も二癖もあるものの、『実績』や『経験』の数なら、貴族や王家に仕える兵士の倍以上。
長年停滞していた問題が、ようやく動き出しそうで、グルオフは不安ながらも、腹を決めた。
この人達と一緒なら、どうにでもなる。どうにかなる。
ようやく、父と母の無念が、晴らせる時が来る。
「・・・ありがとう、皆。」
「??」「??」「??」「??」
「・・・僕も、頑張るから、皆も頑張ってほしい。
僕は正式なる王家の人間として、もう一度城に帰らなくてはいけない。そして、立て直さない
といけない。
何よりラーコブやクレンのように、偏見や差別を受けるモンスター達を、人間と同じ位置に立
たせ、今の偽られた政治を全部、僕の手で変えなければ・・・!!!」