66・内々の事情に翻弄される子供達
リータの時もそうだったが、地位が高くなれば『生々しい話』がつきものになってしまう。
リータの場合は『一つの町』に限った話だった為、翠もクレンもある程度事情を飲み込めた。
しかし、今回に限っては、『町』なんて小さな規模に思えてしまう。
それ程スケールが大きい話なのだ。
しかし、グルオフとラーコブは、至って平然とした顔で語っている。
そう、もう2人は、すっかりこの歪な生活に慣れてしまっていた。
だから、疑念を抱く事すら忘れているのだ。
まるで、出会ったばかりのクレンの如く。
3人の顔色が徐々に悪くなっているのかも分からないまま・・・
「今の王政は、言ってしまえば『偽り』
そう、まだグルオフが生まれる前、私が生まれたばかりの頃は、まだ私もお城の中で生活して
いた・・・みたい。
「じゃあ自分も?」
「えぇ。
・・・って言ってもまだ、私達は幼かったからね。貴族や王族を守る役割を担っていたのは両
親だった。」
「あの、ちょっと質問してもいいですか?」
翠が手を上げて聞くと、ラーコブは「どうぞ」と言いながら手を向けた。
「2人のご両親も、『覚醒者』・・・だったんですか?」
「えぇ、まぁ・・・そうね。」
「へぇ・・・・・」
「私達アメニュ一族はね、結婚する相手にも色々と条件があって、一番大事な条件は、
『パートナーが覚醒者である事』
だったの。」
「そうすれば、子孫も覚醒者になれる・・・って事?!」
「確実にそうとは言えないんだけど、確率は高くなる。
でも、もうそのアメニュ一族は私とラーコブしかいないし、今を生きる事で精一杯だから、そ
の話を確かめる方法もないんだけどね。」
『両親の馴れ初め』
それは、娘や息子なら気になってしまうもの。
父が相手ではなかったら、母が相手ではなかったら、今の自分は存在しない。
何億人という人工のなかで知り合い、結ばれる事は、宝くじや落雷に当たる確率よりも遥かに低い。
そんな奇跡的な話に、ロマンを抱かない者はいない。
ただ、『家柄』や『家々の事情』によっては、相手が限られてしまうケースもある。
翠の一家はそんな事もなかった、何故なら翠の一家はごくごく普通な一般市民だから。
翠の両親の出会いは『大学』であり、そこから惹かれ合った話を、前に翠が両親に直接聞い
た。
ありきたりな馴れ初めではあるが、それくらいが丁度良い。その方が互いに気軽になれる。
『婚約者』とか『許嫁』なんて、一般市民だった翠には縁遠い話だったが、ドラマではよく耳にするワードである。
特に、人間同士の欲望や執念が入り混じる『人間ドラマ』では、婚約者や許嫁が争いの発端に
なった りする。
実際、翠は『婚約者がいる人』や『許嫁がいる人』なんて見た事がない。
しかし、家々によって馴れ初めの事情が違うのと同じように、パートナーとなる相手に求める条件も、家々によって違う。
クレン・ラーコブ2人の両親に至っては、『資格』が絶対条件だったのだ。
『会社』みたいな話 だが。
翠は、2人の両親が気になり、咄嗟にラーコブに聞いてみた。
例え相性のいい相手を見つけたとしても、その人をどれだけ愛していたとしても、覚醒者では
ないなら、結婚する事は許されない・・・
自由に恋愛ができる時代と立場に生まれた翠にとっては、そんな発想自体が(おかしい・・・)と思ったのだ。
「あの・・・もしかして、2人のお父さんとお母さんが、あえて離れ離れになって子供達を育てて
いたのって、その・・・・・『家庭内の事情』とか?」
「『性格の不一致』とか?」と、ストレートに言えなかった翠は、濁しながらもラーコブに聞
いた。
しかし、翠が良かれと思って言葉を濁したのだが、そのせいでラーコブは、翠が一体何を聞きたいのか分からない様子。
ラーコブが首を曲げていると、代わりにグルオフが答えてくれた。
ある意味グルオフは、ラーコブの『一番の理解者』なのだ。
「いいえ、僕が『母』から聞いた限りでは、そんな事もなかったそうですよ。
2人の両親は、2人の未来を案じて、互いに離別する事を決めたそうです。
せめて、クレンさんだけでも、『自由』に生きて欲しかったんじゃないでしょうか・・・?
もっとも、僕は2人のご両親とは、会った事すらありませんけど。
それでも、僕の母がよく話していましたよ。
「私達の問題に、仲の良いアメニュ一家を巻き込んでしまった事が、一番の大罪なのかもね。」
「グルオフ、アメニュ一家がいなかったら、貴方は生まれてはこられなかったわ。
だから彼らの事を、いつも大切にしてあげてね。」
・・・って。
実際、僕にとってラーコブは、『たった一人の家族』であり、『姉』でもあるんだ。
もちろん、ラーコブに『弟』がいる事も、よく聞いていたよ。」
クレンはちょっとびっくりしていた。
「まぁ、君はまだ赤ちゃんだったからね。
生まれた時はかなり体が小さくて、しっかり生きられるかどうか、君の両親はつきっきりで君
を抱きかかえていたそうだよ。」
クレンは、自分の手を見つめていた。
彼は必死に、昔の記憶を思い出そうとしていたのに、思い出せない虚しさで、心が辛くなっていたのだ。
忘れてしまった記憶が幸せなものだと、余計に辛くなってしまう。
そんなクレンの複雑な気持ちを汲んで、翠とリータが、グルオフとラーコブに色々と質問をぶつける。