59・市場でのハプニング
(・・・『旅のお守り』・・・か・・・
へぇ、結構可愛いのもいっぱいある。
あ。あと、私の髪を縛ってるゴムも、もう擦り切れてきてるんだよな。
・・・へぇ・・・『お守り付きの髪留め』かぁ・・・
私に似合うかな?)
お腹がある程度膨れた事で、ようやく落ち着いて市場の品を眺められるようになった翠。
やはり色々と考え込んでいると、お腹が空いてしまう。
此処なら頭を使いすぎて、お腹が空いてもすぐ栄養補給できる。
シカノ村では山から採れた『肉』、ドロップ調では『薬』が多く売られていた。
しかし、王都の市場に並んでいるのは、食材や小難しい薬品だけではない。
旧世界の『神社・仏閣』の売店で販売されていたような、『厄除け・お守り』も販売されている。
そして、並んでいるお守りの殆どは、旅の無事を祈るような『安全祈願』が大半。
やはり旅は『神頼み』に尽きる。
力のある覚醒者3人が集まったとしても、運が悪ければ命の危機に瀕する自体が起こってしまう。
モンスターに不意に襲われたり、悪天候に見舞われたり。
旅は常に、危機と隣り合わせである。
例え力のある覚醒者が沢山集まっても、どうしようもできない場合だって当然ある。
それらを掌り、旅人達をいつも振り回しているもの、それが『運』である。
しかも、それは旧世界でも同じ事。
乗っていた飛行機や船が、天候不良で大騒ぎになったり、旅先命に関わるトラブルを被る話は、テレビやニュースでよく聞く。
時代や経済が進んでも、そういった事件が度々起こっている。
まだインフラや道路の整備が整っていなかった大昔では、ほんの少しの遠出だけで命懸け。
道案内も粗末なもの、周囲には命やお金を狙う荒くれ者が潜み、守ってくれる人も限られている。
だからこそ、神社や仏閣の売店では、数多くの『お守り』や『護符』が並んでいるのだ。
時代が進んで、旅が安定するようになったとしても、『運』に頼らなくてはいけない。
翠も『高校受験』の際、『合格祈願の御守り』を買って、必死に祈っていた。
受験は各々の実力次第でもあるのだが、やはり祈らないと気が済まない。落ち着かないのだ。
御守りはそれだけではない、『恋愛成就』や『健康祈願』等。
『目に見えない力』を望む為、大晦日や元日にはそれらを買い求める人で、長蛇の列ができる。
それくらい、『神頼み』は人々の生活に欠かせない存在。
世界が変わっても、それは一緒だった。
『目に見えない力』には、同じく『目に見えない力』を借りるしかない。
そして、神社や仏閣によって、お守りの種類や姿が異なるのと同じように、市場で売られているお守りや護符も様々であった。
この世界でのお守りは、どちらかというと『民族的なお守り』や『ハンドメイド』を彷彿とさせる見た目。
むしろそっちの方が効き目がありそうで、翠はあれこれとお守りのお店を物色していた。
「お客さん、もしかして『相手探し』に旅してるのかい??
ならこれどうよ! この『金の矢』!
これさえあれば、自分のふさわしい相手を射止める事ができるのよ!」
「あぁ、いいえ・・・・・
旅の無事だけ祈願できればいいんです。」
割とテンション高めな店主に捕まった翠が、お店に並ぶお守りの数々を吟味する。
すると、遠くの方で・・・・・
「おい!! 小僧!!
ちょっと待て!!!」
市場の奥の方から、『野太い声』が聞こた。
そして波のように押し寄せる人々の騒音に、翠は逃げ出したくなった。
だが、まだ状況を飲み込めない人々が壁になってしまい、逃げる事すらできない。
そして、どよめきの波が、もうすぐ側まで迫ってきた時だった。
ドシンッ
「うわぁ!!!」 「キャッ!!!」
突然翠の足に、何か『柔らかいもの』がぶつかった。
その拍子に倒れ込んだ翠だったが、彼女にぶつかってきた者は、店の真下に身を隠した。
転んだ拍子に視界が低くなり、翠は自分にぶつかってきた者の正体が分かった。
それは、まだ幼い『男の子』だった。
出会った頃のリンと同じく、ボロボロの服装にボサボサの髪。
まだ小さいにも関わらず、不思議と大人びていた。
しかし、子供がこんな痛々しい姿なのは、誰の目から見ても苦しいものである。
ボロボロの布を身に纏いながら、ブルブルと震えている少年。
口には出ていないものの、目線で翠にに謝っていた。
そして、翠がボーッとその少年を見つめていると、体をガッチリと鎧で固めた兵士2人が、民衆を押し退けて翠の前へ立ち塞がる。
勢い余って人を転ばしても、兵士達はお構いなしの様子。
「おい、そこの娘。」
「・・・はい?」
「今この辺りに、『小さなボロボロの子供』が来なかったか?」
翠は、唇を少し噛みながら、こう言った。
「・・・・・・・・・・
いいえ、知りませんね。」
その答えに、店の下で隠れていた男の子も、店の店主も驚いていた。
何故そんな嘘を言ったのか、それは翠が兵士に対し、あまり良い印象を抱いていなかったから。
さっき人を転ばせておいて、何の謝罪もなかったのも一因である。
だが、それよりも彼女の心に根付いている『兵士のイメージ』が、最大の要因である。
『一度不祥事を起こしたお店には、なかなか入りづらい』のと同じである。
一度そうゆうイメージが頭にこびりついてしまうと、なかなか剥がれてくれない。
だから不祥事を起こした企業やお店は、『信頼回復』や『イメージアップ』に全力を注ぐ。
一度の不祥事で根付いてしまったマイナスイメージは、なかなか変えられない。
しかし、それが企業やお店にとって、一番大切なもの。
誰だって、信頼できない相手とは付き合いたくない、関わりたくない。
ドロップ町での事件は、兵士達も一応反省の色を見せてくれたものの、事件の確証に迫れなかった事は、まだ翠の心の中で詰まったまま。
そういった経緯があれば、翠が兵士に対して、あまり良い印象を抱けないのも自然である。
勿論、兵士達のなかにも、仕事をしっかりこなし、人々の生活と安全のために頑張っている兵士もちゃんといる。
しかし、今翠が目の前にしている兵士達の態度が、ドロップ町を襲ったあの兵士達とよく似ていた。
どこか太々しく、自分の地位を我が物顔で振るっている、傲慢な感情が滲み出ている。
それに、もう翠にとって、兵士の1人や2人、恐る事のない相手だった。
「・・・お前、出鱈目なこと言ってると承知しないぞ!!」
「だったら自分で探してください、私はもう行きます。」
そう言って、翠は立ちあがろうとする。
すると、翠の態度がどうしても許せなかった兵士の1人が、彼女の肩に掴みかかろうとする。