57・魅惑の『キーメン』
「お肉安いよー!! 勝っててー!!」
(・・・確かに安いけど、『シカノ村』に並んでた肉に比べるとな・・・)
「おいおい、ちょっとそこのお嬢さん。この薬、肌にとってもいいんだよ。
買っていくかい?」
(・・・そんな品なら、『ドロップ町』でも売ってたし・・・
・・・あれ?
此処では品物の数が多いから、てっきり色々と買ってしまうと思っていたんだけど・・・)
色々と売り文句を言われても、なかなか耳を向けない翠。ある意味翠は、ショッピングに向いていないのだ。
『あっちの方が安かったなー』『あっちの方が良かったなー』
と思っている間に、その商品が売り切れてしまったり、時間がなくなってしまったり・・・で、結局手に入らない。
翠は昔から、買い物をする時は『事前準備』や『事前予約』を欠かさなかった。
本当にその品が必要なのか
まだ買わないくても問題ないんじゃないか
これからもっと高性能なものが売り出されるんじゃないか
・・・と、色々と思考を巡らせているうちに、欲が消え失せてしまう。
商品のカタログを見ていても、コレと言って欲しい物がない。それと同じ現象である。
色々と考えているうちにブームが過ぎてしまったり、安売り期間が過ぎてしまったり・・・と。
翠のお買い物は、そんな葛藤と後悔ばかり。
特にゲームに関しては、『下調べ』が今後を決めていく大事な作業になる。
どのゲーム会社から売り出されているのか、前作の評判、ゲームクリエイター達の評価。
それらをしっかり調べ上げた上で、そのゲームと今後付き合うのか、今回は見逃すのか、そもそも買わないのか。
これらを怠ってしまうと、お金と時間の無駄になる。ゲームだってそれほど安いわけではない。
翠はバイトをしていなかった、そもそも家が『バイト禁止』だったから。
だから翠は、月一回に貰うお小遣いから、セールになっているゲームや、新発売するゲームの情報を集めた上で、使い方を決めていた。
購入が不安だったら『体験版』や『実況』等も踏まえ、翠は楽しむゲームを決める。
だが、転生した先では、リサーチする方法が無いに等しい。だから、翠は困っているのだ。
調べてから購入していた翠のスタンスが、転生してから全壊してしまった。
人に聞く事もできるのだが、そうなると当然時間がかかってしまう。
しかも人によっては、『信頼できる情報』に対して『お金』を求めてくる。いわゆる『情報屋』である。
この世界には『ネット』なんて便利なものはない。当然『口コミ』もなければ、『SNS』もない。
つまり、信頼できる情報は、この世界ではとても貴重なもの。
だからこそ、情報をお金で売っている情報屋もいる。翠にとっては、理解し難い話ではあるが。
だからと言って、情報も無しに、あれもこれも買っていられない。
旅費は無駄にできない上に、翠は1人で旅をしているわけではない。
旅費は、3人の『生命線』でもある。大切にしないと、後で泣いて困っても自己責任。
だが、ジャラジャラとお金を持ち歩くわけにもいかない。
この絶妙なバランスが、今の翠の課題。
だが、誰にどう相談すればいいのか分からず、彼女は困り果てている。
そして、その問題を抱えているのは、翠と一緒に旅をしているリンもリータも同じなのだ。
(・・・思い切って『馬』と『荷車』買って、それに荷物を乗せて旅を・・・
あぁ、ダメだ。それでも賊に狙われちゃうのは、リータだって言っていたし・・・)
色々と策は練るものの、やはり定期的に溜まったお金は処理しないといけない結論にしか行きつかない。
今の翠に必要なのは、『品定め』と『勝負強さ』
しかし、どちらも簡単に手に入るようなものではない。こればっかりは、経験を重ねるしかないのだ。
翠はため息をつくが、このまま真っ直ぐ帰る気にもなれず、市場をブラブラと見て回った。
並んでいる食材以外にも、店で調理した料理をそのまま提供している店もあり、まさに『祭りの屋台』を彷彿とさせる光景。
そのあまりにも美味しそうな匂いに、ついつい耐えられなくなってしまった翠は・・・
「・・・すいません、その『キーメン』を一杯ください。」
「あいよっ! 640円ね!」
『シロメン』が『うどん』なら、『キーメン』は『ラーメン』
麺を湯切りしてスープの中に流し入れ、具材を並べ、翠に差し出す。
その美味しそうな『海鮮系の匂い』に、思わず顔がにやけてしまう。
まだ翠は行った事がないのだが、東の方には各国の貿易船が行き交う『貿易港』がある。
海が側にあるのなら、当然『漁師』もいる。
そんな漁師達の仕事の成果である魚介類を使った海鮮系のラーメンが、不味いわけがないのだ。
席について、早速啜ってみると、やはり味はラーメンそのもの。
でも久しぶりに食べるラーメンに、涙が出そうなほど食いつく翠。
勢い余って、おかわりしそうなほど美味しかった。
高校生になっても、ゲームに夢中で徹夜する事が時々あった翠。その時のお供といえば、やはり『夜食』
分かっている、夜中に食べる高カロリー、太りやすくて体に悪い事は分かっている。
それでも、食べずにはいられないのだ。美味しすぎるのだ。
空腹時に食べる高カロリーが美味しい事もありが、何よりも『罪悪感』の味が中毒になってしまう。
(悪い事をしている・・・)と、頭の中では重々承知しながら啜るラーメンは、人々を虜にして逃さない。
だからこそ、夜中に営業しているラーメン屋は多いのだ。
『ご飯』にもなる、『おやつ』にもなる、『夜食』にもなる。
老若男女が好く食べ物は、何かと罪深いものなのだ。
誰もがその味を求め、誰もが好みの味を目指しているのだから。
(うまぁ・・・
私そんなにラーメンが好きなわけではなかったんだけど・・・
やばい、おかわりしたいかも・・・
でも今食べると、夕ご飯がぁ・・・)
あっという間に一杯を平らげてしまった翠は、空っぽになった木の器を眺めながら、ちょっとしんみりしてしまう。
何故美味しい食べ物に限って、無くなってしまうのは早く感じるのか・・・
「・・・おじさん、また一杯ね。」
「はいよっ。」