5・幕開けから前途多難
「・・・・・なので君達には
『新たな世界』で
『新たな人生』を歩んでもらおうと思う。」
「は???」「は???」「は???」「は???」「は???」
39人全員の放った言葉は、まさにソレだった。
今の状況だけでも理解が追いつかないのに、また更に理解できない事が立て続けに起こると、もうどれを処理したらいいか分からず、手に負えない。
脳から溢れ出そうな情報を、必死にかき集めて頭の中に戻すだけで精一杯だ。
しかし、かき集めた情報を整理したい気持ちは山々なのに、次々と降り積もる疑問に、押し潰されそうになっている翠達。
それでも、固まってしまった39人を置き去りにして、声の主は話を続けてしまう。
「今から君達が向かう世界は、今までの世界とはまるで違った世界である。
『常識』も、『法律』も、『作法』も、『習慣』も
『敵』も違う。」
その言葉で、ようやく自分、我を取り戻した翠。
先程からずっと疑問だらけではあるが、明らかに『言い方の違和感』を感じた箇所があったから。
『常識』や『法律』が違うのは、『日本』と『海外』の違いでも知っている。
日本では素足で家に上がるが、外国では靴のまま家に上がる。
日本では箸だが、海外ではナイフとフォーク。
日本では日本語が主だが、海外では英語が主。
そのくらいの違いなら、翠達が元々生きていた世界でもあった違いである為、大体理解できる。
翠が気になった言葉というのは、『敵』
「・・・・・聞いてもいい?!」
翠は声を張り上げて、天井に向かって叫ぶ。クラスメイト達は翠の行動に衝撃を受けていた。
「『敵』って何の事?!」
「・・・・・あぁ、そうか。君達は『命を守る為に戦う術』を知らないのか・・・」
そんな事を言われてしまうと、ますます疑問が増してしまう。
声の主は、まるで命を守るために戦う術を、『最初から知っている』ような口ぶり。
例えるなら、海外の常識を『当たり前』として押し付けられた気分の翠。また呆然とするしかない。
しかし声の主は、翠の質問に対して、的確な返事を返す。
「君達は、命の危機に晒される事もなく、平和で安泰な毎日を謳歌する事ができた。
それはこの『日本』という国が形作られてから、何百年という長い月日の上に完成された、
『私達の理想』でもある。
私達も、君達のような生活を送りたかったものだ・・・・・
・・・おっと、失礼。
だが、そんな平和で安泰な暮らしは、もう訪れない・・・と言っても過言ではない。
今から君達が送られる世界では、命が危険に晒される事が、ほぼ確定となる。
そして、君達の命を狙うのは、主に『2種族』
1つの種族は、人間とは大きく異なる性質を持つ、『モンスター』という生物達。
・・・だが彼らのなかには、『中立的』な存在もいる。だが大半のモンスターは、君達の命を
容赦なく奪い取ろうとするだろう。
もう1つの種族は、君達と同じ『人間』
先程も述べたが、向こうでは『常識』も『法律』も違う。
自分達に害意や敵意がなかったとしても、突然命を狙われてしまう可能性も、十分に考えられる。
る。
独立している国もいくつかあるが、その関係は『古い橋』の如く、歩くだけでも崩壊しそうな程、脆いものである。
程、脆いものである。
だからこそ、私は君達に、これから新たな世界へ向かう門出として、『贈り物』を。」
そう述べると、翠達の体が突然光り始める。
だが、決して熱いわけでもなければ、冷たいわけでもない。
言い表せない、不思議な違和感が何秒か続き、光が弱くなっていくと、翠達は自分達の姿を見て驚愕する。
翠達の姿は、まさに『RPG』の世界から直接持って来た様な、摩訶不思議な服装。
『ハロウィンの仮装』や『コスプレ』レベルではない。
布の質も、剣の重さも、防具の硬さも、決して紛い物ではない。
だが、『本物の剣』どころか、『本物の鉄』さえ持った事のない翠達。
翠が持っている木の杖は、そこまで重くない武器なのだが、剣を装備しているクラスメイト達は、本物の鉄の重さに耐えられず、その場でひっくり返ったり、うつ伏せになったまま動けなくなってしまう。
RPGの武器や防具に憧れている人は多い。しかし、実際に身につけてみると、そんな簡単な話ではない。
仮装やコスプレで、よく漫画やアニメに登場するキャラの格好になる人もいるが、実際に本物の鉄で作られた衣装を着るわけではない。
費用もかかる上に、加工がとんでもなく難しい。『本物の鉄そっくりの加工』が施されているだけ。
「その力があれば、少なくとも自分達の身を守る事はできる。
・・・まぁ、『補償』はできないがな。
・・・・・君達が『あの世界』を、『平等に手を取り合える世界』に一新してくれる事を祈っ
ているぞ。
もうこれ以上『私達』のような目に遭う存在を減らす為・・・」
翠だけではなく、他のクラスメイト達も色々と問おうとした。
しかし、皆が口を開いた瞬間には、その白い空間は消滅を始めていた。
結局、その声の主が何者であったのか。何故自分達は、そんな危険な世界に飛ばされなくちゃいけないのか。
何もかもが分からない状態のまま、翠を含めた39名の、新たな人生が幕を開けようとしていた。