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56・先行きに不安しかない3人

「あ・・・あのぅ、御者さん!! 此処でもう降ろしてください!!」


「え?! いいのかい?!

 城前まで運んでもよかったのに・・・」


「いいえいいえ、宿を探さなくちゃいけないし・・・」


(城を目にするのが怖いなんて・・・言えない・・・)


 御者には申し訳なく感じているものの、3人は半ば強引に馬車から降りて、御者にお礼を言う。

 そして、後ろの馬車にいる兵士達にも手を振り、3人は一旦静かな場所へダッシュで向かう。

 もちろん、3人ともフードを深く被り、覚醒者である事を知られないようにした。

 完全に不審者だが、仕方ない。こうするしか、覚醒者を隠せる方法がない。

 アイドルや俳優が、お忍びであちこちに出かける時、異様なほど着飾って自分を隠す。

 その気持ちが、翠にも分かった。この世界では、覚醒者はアイドルや有名人と同じくらい、色んな人々から注目される、

 比較的人が少ない村や町でも、その勢いはすごかったのに、それが人々が何倍にも増える王都となれば、確実にもみくちゃにされてしまう。

 あちこちから美味しそうな匂いが漂ってきたり、面白そうな本が売られていたりしたが、そんな物に目を向ける心の余裕が、もう3人にはなかった。

 王都に来たばかりなのだが、もう出て行きたい気持ちが浮かぶ3人の頭。

 明らかに、『上京してすぐの田舎者』感がむき出しである。

 だが仕方ない、3人とも、こんな都会に足を踏み入れた事すらなかったから。

 翠は東京旅行に行った事があるものの、半日でギブアップしそうになった。

 東京で行われる『ゲーム大祭』に参加したまでは良いものの、そのあまりの人の多さに、心の底から楽しむ事ができなかったのだ。

 あっちこっちでゲーム会社の関係者が話しかけてきたり、写真撮影を頼まれたり、ダル絡みしてくる人に巻き込まれたり・・・

 とにかく、人が多ければ、その分トラブルや騒動も大きくなる。

 舞台では、大手ゲーム会社の社長が座談会を開催していたにも関わらず、彼女の耳には少しも入ってこなかった。

 せっかく父がチケットをゲットしたにも関らず、翠は他の参加者と楽しむ『フリ』をするだけで精一杯だった。

 ちなみに、その後ホテルに戻った翠は、そのまま寝入って都心の夜景を見る事すらできなかった。

 そして、都会の厄介なところは人の多さだけではなく、『騒音』

 もちろん田舎の方も、五月蝿いといえば五月蝿い。

 ただ、田舎の騒音は、ほぼ『生き物の鳴き声』

 カラスの鳴き声・カエルの鳴き声・犬の鳴き声・発情期の猫の鳴き声・・・等。

 それだけならまだかわいい方だ。

 一方、都会の騒音というのは、ほぼ『機械の音』

 車のエンジン音・クラクション音・スピーカーから発せられる音楽・大勢の人の話し声・・・等。

 田舎の騒音には慣れている翠でも、都会の騒音は色々と違いすぎて、気持ち悪くなってしまうのだ。

 そして、王都であちこちから聞こえる音も、都会の騒音とほぼ一緒だった。

 この世界には車がないものの、あちこちから聞こえる


 『馬の鳴き声』や『馬車の車輪が回る音』

 それを旧世界で例えるなら

 『車のエンジン音』や『車が走る音』


 『スピーカーから発せられる音楽』は『奏者が路上で演奏している楽器の音色』


 どちらにしても、都会になるとたちまち騒がしくなるのは、どの世界でも同じである。

 翠は都会の騒音が耳障りに感じた事で、自分がいかに田舎育ちなのかを自覚した。

 かつて彼女が住んでいた場所は、そこまで田舎というわけではない。『中の中』くらいの場所。


 そして、翠よりも都会に対する拒否反応が出ているのは、リンとリータの方だ。

 明らかに挙動不審で、翠が見ても『不審者』と間違えるくらいの振る舞い。

 しかし、2人を同じように、都会の洗礼にあたふたしている人は、辺りを見渡せば沢山いた。

 あたふたしている人の全員は、3人と同じような『旅人』ばかり。

 やはり誰でも、王都の勢いにはついていけないのだ。

 昔から王都に住んでいれば話は別なのだが、今までのんびりした場所で過ごしてきた3人にとっては、まさに『異世界のなかの異世界』


「・・・とりあえずさ、宿で休もうよ。ね?」


 王都を歩き回る前に、宿を探す3人。だが、宿を探すのは割と簡単だった。

 やはり都会という事もあり、宿はあちこちにある。旧世界の東京でも同じだった。

 ひとまずそこへ逃げ込んだ3人は、一気にため息をつきながらベッドに倒れ込む。

 そして、色々と先の事が不安になってしまう。


「・・・ミドリ・・・なんかごめん・・・」 


「僕もごめんなさい、せっかくミドリさん達の役に立とうとしていたのに・・・」


「いやいや、謝る事じゃないって。最初はどうしてもね・・・」


 3人はふと思った、今でもまだ混乱を抑えるのにギリギリなのに、周囲に自分達が覚醒者である事が知れ渡ったら・・・

 「・・・あの御者さんに、釘でも刺しておけばよかったかな・・・?」と言う翠だったが、2人の顔は「無理でしょ・・・」と言っていた。

 宿を探している間にも、あちこちの宿にはこんな張り紙が張られていた。


『覚醒者のお方、無料で宿泊できます!』 『覚醒者様には、食事を無償提供!!』

『覚醒者専用のお部屋、あります!!』


 それくらい、覚醒者が多くの人々から愛されている証でもある。

 だが翠達にとって、それは『プレッシャー』でしかない。

 当然、あの魚人を倒した事は、御者が包み隠さず上に伝えてしまう。

 そうなれば、自由に王都を観光できなくなってしまう。

 色んな意味で八方塞がりな3人に、もう『自由な時間』はそれほど残っていない。


「・・・よしっ、じゃあ私は頑張って、外歩いてくるよ。」


「さ・・・さすがですね、ミドリさんは。リンさんは?」


「自分はまだ此処で休んでるよ。

 なんか、ずっと馬車に揺られていたから、ちょっと頭が・・・」


「あぁ、それ自分もです・・・」


 やはり2人は酔いかけていた。翠はギリギリ持ち堪えたが、2人はとりあえずそっとしておく事にした。

 翠はフードを再び深く被り、息を整え、気合を入れる。

 外に出るだけなのだが、その気合の入れ様に、思わずリンは「フッ」と笑っていた。

 だが、翠も本気で踏ん張らないと、2人と同じく酔いそうなのだ。

 重装備で外へ向かうその姿は、まるで『冬に外へ出る際の重装備』の様である。


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