55・王都に到着
検問は、思いの外早く済んだ。王都の方でも話が通っていたのか、3人はあっさり検問所を抜けた。
あっさり検問が済んだ3人の馬車を、疑わしい目で見つめる人々。
若干心苦しくはあったが、別に自分達が悪い事をしているわけでもない為、胸を張って門を潜り抜ける。
旧世界でも『空港等の検問』が厳しいのは、よくテレビでも話題になっている。
バラエティーやニュースをぼんやり見つめていた翠の頭も、ほんのりとだが残っている。
人の目や機械の目以外にも、動物と協力して禁止物を取り締まったり、禁止物を懸命に隠そうとする入国者の徹底ぶり・・・等。
翠は空港にすら行った事はないのだが、検問所の番組は見ているだけでも割と楽しい。
特に海外の場合、『色々とぶっ飛んでいる事』も多い為、一周回ってもはや『お笑い番組』になってしまう。
ただ、検問所の雰囲気というのを初めて感じた翠達は、肌に突き刺さるようなピリピリとした緊張感に、冷や汗を垂らしてしまう。
当たり前だ、この検問で危ない物や危険な物を持ち込まれてしまっては、国の面子は丸潰れだ。
こっちの世界でも、あの手この手で危険物を持ち込もうとする人がいた。
翠達は、検問がさっさと済んでくれた事に、改めて御者達に感謝した。
自分達は、別に危ない物を持ち込もうとしているわけではない。
だが、それでも検問所に張り込んでいる兵士達は厳しい。
検問所の前で待っている人々がうんざりしているのも頷ける。
そして、検問所を抜けたと同時に、3人の前には見知らぬ世界が広がる。
(うわぁ・・・
昔家族で『東京』へ遊びに行った事があったけど、その時を思い出すなぁ・・・
何処をどう見ても『人』『人』『人』
・・・そういえば、こんなに自然がない光景を目にするのも、だいぶ久しぶりだな・・・)
「うわぁ!! すごいよリンさん!!
人が!! 人が!!」
「分かった、分かったから、とりあえず座って・・・」
興奮気味に窓から頭を出すリータを制止するリン。翠は人の多さに、思わず俯いてしまった。
現在時刻は夕方。そろそろ夕食の材料を買い求める為、多くの主婦が子供と一緒に市場を練り歩いていた。
あっちこっちに歩き回る子供を制止する母親、母親達の井戸端会議が長すぎて、その場にしゃがみ込んでしまう子供。
その光景は、旧世界の夕方でも、よく見る光景だ。
市場には食料品だけではなく、3人が今までに見た事のない商品がズラリと並んでいる。
並べられている商品のなかには、目を疑いたくなるほど高値の品もあり、翠は無意識に唾を飲み込んだ。
そして、外に店を出す露店以外にも、あちこちには村や町にはないようなお店がある。
物を売買するお店以外にも、『仕立て屋』や『ペットショップ』等、村や町では見た事のない店ばかり。
なかには、旧世界にもあるお店もあれば、旧世界にはないようなお店もあり、翠は見ているだけで心がウキウキして仕方なかった。
そして、人間に混じって、リンのようなモンスターも一緒に生活している光景も見えた。
だが、モンスター達の服装は人間と比べるとだいぶ粗末なもので、見かけるモンスター全員が仕事の真っ最中な様子。
もうすぐ開店するお店の準備をするモンスターや、必死に窓拭きをするモンスター。
やはり、モンスターと人間の格差は、王都でも浸透していた。
その光景に、リンは思わず目を逸らしてしまう。
「自分の生きていた村だけではなかったんだ・・・」と言わんばかりに。
だが、そんなリンの事情を知らないリータは、『勘違い』をしてしまう。
「・・・リンさん? 大丈夫ですか?
確かに、こんなに人が行き来している光景を目にしたら、酔っちゃいますよねぇー・・・」
「・・・・・・・・・・
・・・・・ふふっ。」
「???」
「いや、何でもない。
いやぁー、まさか人を沢山見ただけで気分が悪くなっちゃうなんて、思いもよらなかった。
自分、ずっとど田舎に住んでいたから。」
「僕もこんなに人が行き来している光景は初めて見ました。だから正直・・・自分も気持ち悪い
です。」
「私も。」
リンが人に酔って気持ち悪くなってしまったと思ったリータは、持っていたハンカチをリンの前に差し出す。
しかし、リータのその純粋な心遣いに、リンも翠も思わず笑ってしまう。
しばらく人混みに巻き込まれてしまい、なかなか前に進めない状況が続いてしまったものの、それでも景色をバッチリ目に焼き付ける3人。
大きな道で列を成して歩いている子供達は、皆がピシッとした『制服』を身につけている。
子供達は3人が乗っている馬車を覗き込んだ為、翠が子供達に向かって手を振ると、子供達も返してくれた。
『私服姿』の子供も可愛いが、『制服姿』の子供も可愛い。
翠が通っていた小学校は、受験勉強をして行くような進学校でもなかった為、全員が『私服』だった。
学校からしっかりとした制服が支給されているだけで、その子供達が『良い所の学校』に通っている事が十分に伝わる。
(この学校にも、『学校のランク』とかってあるのかな?
いや、そもそもちゃんとした学校が、この王都にしかないか、もしくは少ないのか・・・
それだったら、あの子達がしっかりした制服を着ているのも頷けるな。
何か大きな目標がある子は、王都に来て此処で勉強・・・って感じか。
・・・・・あ、そういえば・・・)
「ねぇ、リン。私思い出したんだけどさ・・・」
「何?」
「前にリン、言ってたよね。
「『覚醒者を育成する学校』がある」
・・・てさ。
やっぱりその学校って、王都にあるの?」
2人の会話に、リータも「そういえば・・・」と言いながら割り込んできた。
「僕も話には聞いた事があるんですけど、実際にその学校を出て、覚醒者になる確率自体が未知
数みたいで・・・
両親も、その学校に僕達を入れる事を視野に入れていたみたいです。
・・・でもその頃には、あのインチキさんに財産を貢いで、すっかり心酔していましたから。
ああゆう学校にかかる費用って、かなり高くて・・・」
何故、そんな未知数な確率に賭ける為の学校を設立したのか。
その大きな理由は、多くの人が覚醒者に憧れているから。
だから、例えどんな確率だとしても、挑まずにはいられなかった。
どんなに大金を費やしても、覚醒者になりたかった。
だが、リンやリータ、翠は覚醒者となった。しかも、それ程お金をかけずに。
そう思うと、3人は子供達から、つい目を逸らしてしまう。
彼らに向かって、胸を張れるような経歴を持っていない自分達が、恥ずかしくなってしまうのだ。