54・『クダモノミツ』を飲みながら
「・・・ねぇ、2人とも。」
「どうしたの?」 「もしかして、おかわり?」
「違うって!
っていうかリータ、私はそんなに食いしん坊じゃないわよ!
・・・っていうか、リータの方が食べ足りない感じだけど。」
「えっ・・・・・」 「・・・また買ってくるよ、ミドリは?」
「・・・じゃあ『クダモノミツ』を買ってきてほしいな。」
『クダモノミツ』とは、この世界での『ジュース』という意味。
その種類も多種多様であり、現地で採れる果物や旬にもより、甘さや酸っぱさも店によって異なる。
やはり絞りたてのジュースは、美味しい事に変わりない。
この世界には『ミキサー』がなく、店の人が『ボウル』や『すりこぎ』を使って、手作業で潰している。
だから若干、果実の繊維や薄皮が入っているのだが、それが気にならないくらい美味しいのだ。
しかも、店によって色々とブレンドが施されていたり、まるで『ご当地グルメ』を堪能している気分になれる。
「ほら、今度は溢さずに食べるんだぞ。」
「ど、努力します・・・」
翠はリンの膝に、フワッと布をかけてあげる。これがサンド系の食べ物をを食べる時の
『裏技』である。
これなら溢れても布がカバーしてくれる為、服が汚れない。
「・・・そうそう、忘れてた忘れてた。」
「ん?」 「え?」
リンが翠にクダモノミツを渡すと、翠はさっき話しかけた内容を思い出した。
「2人はさ、何か欲しい物とかある?」
「・・・はい?」 「急に何ですか・・・??」
リンとリータは、一緒になって首を傾げる。その様は、まさしく『兄弟』
「いや・・・私さ・・・
『お金の使い方』が、まだよく分からなくて・・・
旅費が今以上にかかるかなーって思ってたんだけど、どうもそうでもなさそうだから・・・
それにさ、旅路に大金を持って歩くのは確かに安心はできるけど、危険でもあるでしょ?」
そんな翠の話を、一番納得した顔で聞いていたのは、意外にもリータである。
そう、リータは町長の弟。兄の仕事を手伝っていたリータなら、旅人事情に詳しいのも納得できる。
「・・・そういえば、旅人を狙った賊に遭いやすいのは、大抵『物を多く持っている旅人』や『集団』なんですよね。」
「そうなのか?」
「えぇ、ドロップ町にもそういった被害が報告されているんですよ。
身軽だと逃げやすい上に、売り飛ばせる物も少ないから狙われにくい・・・って、兄が言って
ました。」
旧世界でも、旅行に関しての注意は色々とあるが、翠はまだ『海外』への旅行は経験していなかった。
だが、翠の父は仕事上、何度か外国に行っている。
その時の話は、向こうで買ったお土産と一緒に、よく翠にも話していた。
その中で一番衝撃的だった話を思い出した翠は、つい2人にもしゃべってしまう。
「・・・そういえば、私の父も言ってたなー・・・
現地に着いた矢先に荷物を取られて大騒ぎになった
って・・・」
「あぁ、ありますよね。特に到着時とか出発時には気が緩んじゃうんで、賊はそのタイミングを
狙うそうですよ。
・・・というか、僕ミドリさんの『父親』の話、初めて聞いた・・・」
「うん、自分も。」
「えぇ?! まぁ・・・・・ね、ちょっと思い出しただけよ!!
じゃあそろそろ出発しようかー!!」
まさか懐かしさのあまり、思い出が言の葉になって出ていた事に気づいていなかった翠。
完全に無意識だった。
この場を言い逃れる為に、休憩を終えた御者の元へ走る。
丁度馬も休憩を終え、これからようやく王都へノンストップで向かう事に。
お腹がいっぱいになって、少し眠くなりかけていた3人だったが、王都が見えてくるとそのテンションは大いに上がる。
その様子を聞いていた御者は、ニヤニヤしながら馬を走らせていた。
王都は村や町とは比べものにならないくらい広く、かなり離れていても大きく聳え立つ『城』がよく見えた。
城自体は『西洋風』なのだが、立ち並んでいる建物に関しては、かつて翠が日本史の教科書で見た『大正時代の街並み』にそっくり。
王都の出入り口である頑丈な門の前では、兵士達による検問が行われている。
王都に近づくと、だんだん道が混み始め、辺りに立つ住宅街もだんだん豪勢になっていく。
それと同時に、人々の服装もだいぶ豪華なものになり、馬車の数も多くなる。
そして、馬車の中にいる人も、今まで3人が見た事のないくらい豪華になっていた。
「重くないのかな・・・?」と思いたくなるくらい、ジュエリーをジャラジャラとつけている貴婦人。
なかなか進まない馬車に苛立ちを感じながらも葉巻を蒸す、初老の紳士。
よく見ると、馬車を引いている馬にも違いがある。
3人が乗っている馬車を引いている馬とは違い、お金持ちが所持している馬の方が、かなり筋肉質で体が大きい。
良い餌と良い住処を与えられている証拠である。
馬に対した多額のお金をかけられるあたりは、さすがは金持ちである。
旧世界で例えるなら、金持ちは『車』に多額のお金をかけるのと、同じ感覚。
3人は、いよいよ王都に踏み入れる嬉しさを噛み締めながらも、やはり緊張と不安がどんどん湧き上がってくる。
とりあえず3人で話し合って、『覚醒者の証』は頑張って隠しながら観光する事に。
そうしないと、周囲が騒ぎ出してしまって、観光どころではなくなってしまいそうだから。