52・魚人
「・・・ミドリ・・・その杖・・・」
「兵士さん達から、鎧とかを少々頂いてね。
くっつけただけでも、前よりは頼もしいでしょ。」
翠の持っている杖は、前よりも装備が重なり、今度は重厚感が増した。
杖の下部分には『槍』をつけて、これで一層『物理攻撃』に力が入る。
早く新しい杖を使いたい翠は、ワクワクしながら魚人に近づいて行く。
すると魚人は、何の疑いもなく、翠に突っ込もうとするが、案の定返り討ちに。
『ギィィィヤァァァァァ!!!』
ドスッ!!!
『・・・・・・・・・・ア???』
「おぉおぉ、槍が通る通る。」
翠が軽く魚人の腹を槍で突いただけで、魚人は痛がってその場でのたうち回る。
「ほら、リータ。トドメ。」
「えぇ・・・何で僕が・・・」
「瀕死にさせてあげたんだから、喜んでトドメを刺してあげてねー」
魚人2匹なんて、翠達3人にかかれば、『お遊び程度』の戦いで済む。
1分もしないうちに、2匹の魚人は息絶えてしまった。
「・・・ねぇ、リン。」
「何?」
「コイツらも・・・リンの仲間にするの?
ちょっと、ヘルハウンドやスライムと比べると・・・ちょっと気持ち悪いというか・・・」
「・・・・・まぁ、確かに。」
戦闘スタイルにあれこれ言うのは、ある意味『命取り』なのかもしれない。
しかし、覚醒者が3人も集まった事で、自分達の戦闘スタイルを考えられる程余裕ができている。
だが、相変わらず翠は『殴るスタイル』を貫いている。
本人がその戦法を気に入っているのもあるが、何よりとっとと相手を仕留めた方が、早いし楽なのだ。
魔法を並べて、何かと戦闘を長引かせるより、コストと時間を極力減らした戦法の方が心身共に安心できる。
ゲームの場合、じっくり綿密に戦法を練っていた翠だが、実際にその現場に立つと話は違う。
どんなに相手が弱くても、格下でも、戦うのはやはり体力も精神もすり減る。
そんな戦闘を、一日に何回も経験すれば、心が参ってしまう。
翠達は覚醒者ではあるものの、どんな困難にも立ち向かえる、タフな『勇者』であはない。
戦えたとしても、それで全てがうまくいくわけではない。
『資格』や『学歴』を持つ事で、今後の人生が薔薇色になるわけではない・・・というのと同じ。
「・・・いや、『スキル』だけでも頂戴しておくよ。」
「えっ、そんな事までできるの?!」
「うん、兵士達との戦いで身についたスキル、『技術召喚』が使えるから。」
リンが魚人の亡骸に触れ、翠とリンがしばらく見守っている間、御者と話す2人。
「す・・・凄いですね・・・
さすが覚醒者・・・」
「いやいや、今回は相手が弱かっただけですよ。
ね、リータ。」
「はい、正直僕の訓練に付き合ってくれたリータさんの方が強かったです。」
そんな事を話していると、リータは『技術召喚』を終えた。
リータが天に向かって『3本の指』を立てると、地面から魚人が使っていた『三又の槍』が2本出現する。
翠がその槍に触れてみようとすぐが、その実体はない為、触る事はできない。
しかし、リンが3本の指を大きな巨木に向けると、槍はものすごい速さで飛ぶ。
まるで、『高速で低空飛行する燕』の様に。
そして、飛んでいった2本の槍は、しっかりと巨木に突き刺さる。
衝撃で巨木全体が揺れ、その拍子に巨木の中に身を潜めていた鳥達が、一斉に飛び立った。
御者や兵士達もその光景を見ていた為、思わずその場にいた全員が、リンに向けて大きな拍手を送る。
「へぇー! 凄いじゃないの!!」
「・・・これで少しは、翠の助けになるかと思って・・・」
「・・・・・・・・・・
何よ今更。」
「えっ・・・?」
「そんなの今も昔も変わらない。
これからも頼りにしてるよ!!」
リンを頼りにしているのは翠だけではない。
リータも、これからリンと共闘して戦える事を、とても楽しみにしている。
もうリンは、翠のパーティーにとって、欠かせない存在となったのだ。
・・・だが、そうゆう事は、案外本人が一番気づかないもの。
それは彼の自尊心の低さもあるが、自分自身で『成長の可能性』を感じている証拠である。
『まだまだ自分は強くなれる』 『まだまだできる事は増えてくる筈』
そうやって試行錯誤を繰り返しているリンが、自分の実力を鼻にかけるような事はしない。
だからこそ、自分の実力に自分が気づいていないのだ。
そしてそれは、翠もリータも同じ。
リータは魚人に恐れる事なく、これからの旅路に目を輝かせ、翠は新しい武器の使い心地に感動していた。
「ミドリさん、僕がこんなことを言うのはアレですけど、もう『槍』を持った方が・・・」
「無理だよ、リータ。ミドリはずっと杖で戦ってきたんだから。」
もう2人にとって、翠が杖で相手に殴りかかる光景は見慣れてしまっている。
だが、一部始終を見ていた御者や兵士は、顔を真っ白にさせていた。