51・初 馬車の心地は・・・
馬車の中は、予想以上にガタガタと揺れていた。
しかし、自分の足で歩かなくても、ちゃんと道を進んでいく感覚は久しぶりだった翠。
旧世界でもちゃんと歩いて通学はしていたものの、転生してからはもうその何倍も、何十倍も歩いている。
しかし、旧世界の時のように、歩きながらグチグチと文句を頭に浮かべなくなった。
(学校嫌だな・・・)(帰りたいな・・・)(あのゲーム、もうすぐ終わりそうなんだよな・・・)
と思いながらも、渋々学校に通っていた時とは大違い。
今ではもう、歩いて新たな世界を体感するのが楽しくてしょうがなかった。
しかし、馬車から眺める景色もまた良いものである。
ぼーっとしているだけで景色が流れていく、まるで『自然の映画』の様に。
リンはというと、初めての馬車で緊張しているのか、ずっと下を向いていた。
だが、それでは酔いそうな為、翠は窓の外を見るように促す。
リータも馬車に乗るのが初めてなのか、翠以上に景色を凝視していた。
「リータは、馬車に乗った事とかなかったの?」
「馬車に乗って行く用事もありませんからね。」
その答えに、翠と御者は思わず笑ってしまう。
確かに翠も、そこまで焦る旅でもなかった為、馬車を使わなかったのだ。
旅費の節約の為でもあるが、せっかく異世界に転生したのなら、隅々まで見て回りたい。
誰にも関心を向けないような場所だったり、逆に何故か人気の場所だったり。
翠には、まだまだ見て回りたい場所が沢山ある。馬車を使って一気に進むなんて、勿体無さすぎる。
馬車でお金を取られるくらいなら、自分達の足で行った方が色々と得である。
どの世界でも、やはり只より高いものはない。翠はそれを、身をもって実感した。
何故なら、『只』『無料』と言う言葉を耳にしただけで、目にしただけで、食いついてしまうものだから。
現に翠も、御者から『只』と言われなかったら、ついてこなかった。
ガコンッ
「・・・?」 「・・・?」 「・・・?」
突然止まる馬車に、3人は互いに顔を見合わせる。
そして、窓際に座っていたリンとリータが、外の様子を伺うと・・・
「・・・あぁ・・・成程・・・
リンさん、どうしようか、これ。」
「自分達の出番だね。」
その会話だけで、道の向こうで一体何が起こっているのか、だいたい想像がつく翠。
3人が馬車から降りてみると、馬が困ったような顔で道の向こうを見ていた。
馬が見つめる目線の先には、『川』と『橋』
そして、橋の上には、『鱗を生やしたモンスター』の姿が2匹。
「あれは・・・魚人?」
鋭い『背ビレ』を生やし、二足歩行で歩きながらも、頭部と胴体が完全に合体しているその姿。
分厚い唇は絶え間なくパクパクと動き、手や足の指間には、透明な『水かき』もしっかり生えている。
昔翠が読んだ事のある、『TRPGのルールブック』の挿絵に乗っていたモンスターとよく似ていた。
彼らは手に武器を持ち、獲物を探し回っている。
だが幸いにも、翠達が乗っている馬車には気づいていない様子。
相手は『2匹』で、こっちは『3人』
リータはリンとの特訓で、レベルはそれ程上がっていないものの、戦い方はもう完璧にマスターしている。
それに、何かあっても『先輩2人』がどうにかする。実践相手にしても申し分なかった。
3人が戦闘の準備をしている光景を目にした御者は、何も言わずに馬車の中へと戻っていく。
「・・・よしっ、誰が先陣を切るかな?」
「そりゃ・・・もちろん・・・」 「そりゃ・・・もちろん・・・」
そう言って、リンとリータは翠を見つめる。
翠はてっきり、「自分が!!」「いや僕が!!」と、互いに先陣を譲らない展開になると思っていた。
だが、2人にとって、先陣を切るのは翠なのが『お決まり』なのだ。
2人の「お手本を見せてください!!」と言わんばかりの顔に、翠も頷くしかできなかった。
翠達が橋に近づくと、魚人も3人の気配を察したのか、手に持っている武器を構えた。
『武器を扱うモンスター』と出会ったのは、3人とも初めてだった。
しかし、その武器は兵士の持っていた武器に比べると、だいぶ傷んでいた。
魚人が持っている武器は『三叉の槍』
武器としては申し分ないのだが、あちこちに切り傷があったり、矛の先が欠けている。
これもある意味、『人間』と『モンスター(本能だけで動く怪物)』の差である事を、3人は学んだ。
「・・・僕、これから毎日、剣の手入れは怠らないようにしよう・・・」
「うん、それがいいかもね。」
翠は、剣の扱いや手入れの方法は分からない。
しかし、リータが旅に出る直前、町長がリータに急足であるが教えていた。
そして翠は、改めて『武器の扱い方』について、色々と考えさせられた。
翠の武器の方が、リータの武器よりもかなり使い込まれている上、リンはそもそも武器を使わなくても戦える。
だが、翠はもう武器に関してのあれこれを決めている。
それは、あれこれと杖を買うのではなく、『最初から貰った杖』を使う事。
改良を重ね、性能やスキルを足せば、『自分だけの武器』になる。
RPGゲームでも、よくある手法である。