4・事切れた先
「・・・・・・・・・・
・・・・・んぅぅ・・・」
どのくらい意識を失っていたか分からない。
翠が重い瞼を開けてみると、そこは何もない、『真っ白な空間』だった。
周囲には、ある筈の『バスの残骸』や『木々』が何処にも見当たらない。
しかも、『ある筈のものが無い』だけではなく、『嗅覚』も『痛覚』も無くなったような感覚だった。
バスの爆発で発生した筈の『焦げ臭い臭い』も無ければ、『大惨事になった筈の体』からは、何の痛みも感じられない。
自分達が事故に遭った事もすっかり忘れてしまう程、ピンピンしている自分の体に、翠の心には恐怖心が芽生え始めた。
だが、絶対に、確実に、自分達は林間学校の為、山奥の宿泊所へ向かう最中だった。
到着時間が大幅に遅れ、皆イライラしていた。
バスの進行を邪魔していたのは、かなりカスタムされたバイクに跨っていた3人だった。
そこまでの記憶はしっかりしているのに、自分達が現在どのような状況なのか、見当もつかない。
翠は、急激に膨らんだ恐怖心に耐えきれず、身震いしてしまう。
事故にあった事も当然怖かった、でもそれ以上に、まさか自分の人生が、こんなにもあっさりと終わりを告げてしまうなんて、直前まで全然想像できなかった。
あの大事故なら、体がグチャグチャになっても仕方ない。想像したくもないが・・・
しかし、目覚めた翠は立ち上がることすら容易にできる。
立ち上がった翠が周囲を見渡してみると、翠と同じくその場に倒れ込んでいるクラスメイト達が。
だが、彼らの体も以前と全く変わりない。
翠はこの状況をとりあえずどうにかするべく、『学級委員長』を揺さぶってみる。
すると、学級委員長も以前と変わらぬ様子で、まだ眠そうな目を擦りながら、翠に今の状況を確認する。
「・・・玉端さん・・・大丈夫?」
「うん・・・不思議なくらいピンピンしてる。」
普段はクラスの中心にいる学級委員長とは、必要な時にしか口を開かない翠。
だが、こんな状況では、それこそ相談できる相手がいないだけでおかしくなってしまいそう。
翠が委員長を起こしたと同時に、他のクラスメイト達も目を覚まし、皆揃って呆然としていた。
この白い空間の向こうに何があるのか確認してみたかった翠だったが、まるで水平線のように、何処までも続く白い空間が広がっているだけで、動かない方が無難である事を悟る。
あまりうろちょろしていると、元いた場所が分からなくなってしまうから。
そして、39名全員が目覚めてからしばらくすると、 カースト上位の女子が、突然大声で叫び出す。
「ちょっと!!! 私のスマホどこよ!!!」
林間学校への持ち込みは禁止されているものの、『絶対持ってこない』なんて事はない。
ましてや、流行に敏感で、一日に何十回、何百回とSNSを開く人にとって、スマホはもはや『命』と同じくらい大切なもの。
そんな女子生徒のポケットからスマホがなくなった事は、いわば『命を失った』に等しい。
他のクラスメイト達も、各々バスに持ち込んだ私物を探すが、何処にも見当たらない。
自分達が先程まで身につけていた、高校支給のジャージや下着以外、ほぼほぼ何もない。
こんな状況になれば、誰だって混乱する。一部のクラスメイトは泣き出して、委員長もまとめられない状況。
「39名の若人よ、静粛に。」
突然頭上から聞こえた『聞き覚えのない声』
印象は『年老いた声』なのだが、どこか人間味が薄いような声。
だが、『AI』や『ボイスシステム』が、打たれた単語を棒読みで言っているようにも聞こえない。
そもそもその声の主が、『生きているか』すら分からなかった。
突然頭上から聞こえた声に、翠も一瞬飛び上がり、全員が一気に言葉を失った。
この状況でますます理解し難い現象が起こると、脳がショートして何も考えられなくなる。
もし今の状況が『ドッキリ』だったとしても、現実味がない。
それに、自分達が死んでしまったのは、ほぼ全員が自覚している。
あんな状況で生き延びる事ができたとしても、無事にあの深い山から出られる可能性は低い。
でも、だからと言ってこんな状況に放り出された方がマシか・・・と考えると、首を縦にも触れない。
今の翠達は、完全に『雪山遭難状態』である。
スマホもない、助けも呼べない、此処がどこなのかも分からない。手も足も出ない状況。
翠達が天井を見上げても、そこも真っ白な空間のみ。
人の影どころか、『スピーカー』や『ヘリコプター』すら見当たらない。
だが、決して『幻聴』ではなかった。その証拠に、声の主は混乱する翠達を放って、状況の説明に入る。
「君達は、もう分かっていると思うが、既に君達の命は潰えた。
ついさっき、君達全員の死亡を確認した。」
その言葉に、ようやく自分達の命が儚く終わった事を自覚したクラスメイトの何人かは、シクシクと泣き出してしまう。
翠も、すごく悲しかった。いや・・・『悲しかった』どころの話ではない。
あまりにも突然すぎて、笑いすら込み上げてきそうになるのだ。
人間、情報が処理しきれない状態になってしまうと、自分の意思とは関係ない行動をするようになってしまう。
全然笑える現状でないにも拘わらず、翠の口元は曲がってしまうのだ。
大勢の人間の命が、こんなにも易々と終わってしまう事が、一周回って『喜劇』に思えてしまう。
だが、まだ信じられない顔をしているクラスメイトも、当然いる。翠もその一人だった。
命の灯火が消える瞬間を垣間見たにも関わらず、灯火を確認したくても、できるわけがない。
しかし、この状況から考えると、自分達が現実世界にいない事はほぼ確定。
つまりは、受け入れるしかないのだ。『自身の死』を・・・