34・夜中の大騒動
スライムが包み込んでくれた為、野宿の睡眠はそれほど辛くはなかった。
しかし、やはり安全な場所で、暖かいベッドの上で眠れる安心感は、野宿続きだった2人にとっては、冗談抜きで天国。
2人をすっかり気に入った町長が泊めてくれたおかげで宿泊費が浮き、その代わりに2人は、町の外で暴れ回っているモンスターの討伐依頼を引き受ける事に。
久しぶりの個室に、ちょっぴり寂しさを感じたものの、ベッドの上に座ってしまうと、もう眠るまで数秒もいらなかった。
布団もだいぶ古いものの、眠って数分で熟睡モードの入ってしまった翠は、気にせずそのまま爆睡。
まだ町に街灯が灯っている時間帯にも関わらず、ベッドの上でだらしなく口を開けたまま眠る翠。
それは、隣の部屋で眠っているリンも同じだった。
リンは部屋に案内されてからしばらくしたら、翠のいる隣の部屋へお邪魔しようと思っていたのだが、翠と同じく、ベッドの座ってしまったらもう眠ってしまう事はほぼ確定。
「スー・・・スー・・・」
寝息をたてながら、野宿の疲れをベッドの中へ溶かしていく翠。
浮き沈みする布団を見ているだけで、彼女がどれほど深い眠りについているのかが分かる。
翠が熟睡するのは、大抵『夢中になった後』
ゲームに何時間も熱中する事が珍しくなかった翠は、ほとぼりが冷めていく頃になると、強烈な睡魔が襲う。
それからベッドに入り、即座に眠る。
ただ、翠は一度眠ってしまうと、寝返りも打たずにそのまま固まってしまう為、両親から何度もびっくりされて、何度も叩き起こされた。
一方リンはというと、寝ている間もかなり動く。
寝返りはもちろん、急に起き上がったと思ったらまたすぐ横になったり・・・と、見張りをしていた翠ですら予測できないリンの行動に、見ているのがつい楽しくなっていた。
だが、その日のリンはそこまで寝相が酷くならず、翠と同じくベッドに倒れ込んだまま、動かなくなってしまう。
2人にとって、野宿は楽しいものだが、実は無自覚のうちに、身体がジワジワとダメージを受けていた。
疲れもあるが、いつ敵が襲ってくるか分からない環境では、ゆっくり休めるわけがない。
大地のベッドも割と悪くないのだが、やはりベッドには敵わないのだ。
相方が見張りを引き受けてくれているものの、寝ている間も危機感が解けない状況は、身体や脳が24時間、ずっと働き続けている事になる。
人間だって、24時間は働けない。だから必然的に、身体が疲れ果ててしまう。
それに気づける人はまだいいのだが、気づけない人・・・というのは、なかなかに厄介である。
例えるなら、体が異常を訴えているにも関わらず、病気を疑わない人・・・という感じ。
コツ・・・・・コツ・・・・・コツ・・・・・
コツ・・・・・・・・・・コツ・・・・・コツ・・・・・
真夜中の廊下に響く、誰かの足音。
足取りがだいぶオドオドしているのか、歩いたり立ち止まったりを繰り返していた。
足音の主は、自分の足音を極力立てないようにしている様子だが、家が古い事もあって、足音はどう頑張っても家中に響いてしまう。
そして、足音が止まった場所は、翠が寝ている部屋の前。
部屋のノブが、ゆっくりと回り、ジワジワとドアが開く。
ドアには一応鍵がついているのだが、面倒だった翠は鍵をかけていなかったのだ。
そもそも野宿に慣れてしまった2人に、鍵なんてあっても必要ない。
ドアの隙間から覗く片目は、ベッドで爆睡している翠に向いていた。
翠が眠っている事を確認した足音の主は、ドアはゆっくりと開き、慎重に部屋へ入る。
相変わらず翠は爆睡している為、気配に全然気づいていない。
部屋へ入ってきた侵入者は、そのまま翠の元へと歩み寄り、顔を彼女に近づけ・・・・・
「リータ!!! 何をしている!!!」
その一部始終を、兄である町長がたまたま目撃していた。
町長の声に驚いた翠は一瞬で目が覚め、いきなり飛び起きようとすると・・・
ゴチンッ!!!
「イギャァ!!!」
「ウゥウッ!!!」
突然額に響く激痛に、思わず女子らしからぬ声が出てしまった翠。
翠は枕に頭をダイブさせたが、痛いだけで怪我はなかった。
慌てて駆けつけた町長が翠の額を確認するが、血は一滴も出ていない。
だが、重症になってしまったのは・・・・・
「・・・リータ・・・さん・・・・・・??
・・・リータさん?! 大丈夫ですか?!」
翠の額と激突したのは、同じく額を強打したリータ。
リータは目を回しながら、口をパクパクと動かしている。
騒ぎを聞きつけたリンもさすがに目覚め、翠のいる部屋を訪れると、そこはとんでもない惨状になっていた。
特にリンは、リータと顔を合わせた事もなかった為、リータを『不審者』だと思ったリンは、慌ててスライムを呼び出した。
それを翠が慌てて抑え、とりあえずリンには翠が事情を説明して、倒れているリータは、兄である町長が持って行く事に。
その間も翠は額の痛みに耐えていたが、話を終えた頃には、もう痛みはどこかへ消え去っていた。