33・久しぶりにちゃんとした料理
「・・・すいません・・・ご飯まで一緒にご馳走になっちゃって・・・」
「いいえ、いいんですよ。
最近は一人きりで食べる事が多くてね、こうして誰かと一緒にご飯が食べられる事が嬉しく
て・・・」
もうコックやメイドを雇うお金がないのか、調理も配膳も、全部町長がやっていた。
その光景も若干シュールではあるが、料理自体はとても美味しかった。
何年もご飯を作っているのか、手際も良くてびっくりしてしまう2人。
一周回って、「こんな町長もアリかな・・・」と思えてしまった翠。
『お肉料理』が主流だったシカノ村とは違い、ドロップ町では『薬草をたっぷり使ったスープ』が主流だった。
『薬草=苦い』という偏見を持っていた翠だったが、スープのアッサリ感はいくら飲んでも全然胃に入るくらい美味しかった。
しかも薬草が入ってる為、健康にも良い。一石二鳥な料理に、翠もリンもおかわりしてしまう。
それが町長も嬉しかったのか、「もっと作っておけばよかったかなー」と、笑顔で言っていた。
翠は町長に頼んで、後でレシピを教えてもらう事に。
料理はそれほど得意ではない翠でも、この世界に来てからは、自然と料理が捗るようになった。
しかも、旧世界のように『IH』や『電子レンジ』がない環境にも関わらず、野外で調理して食べれる料理を作れるようになっていた。
もう味なんて二の次である、旧世界のように、簡単に『調理器具』や『調味料』が揃うような世界ではないのだから。
なら、食べられる料理が作れるだけでも及第点である。
その分クオリティー等が落ちてしまうものの、それでもちゃんと食べていられる。
翠は今まで、(料理なんて、自分には似合わない)と思っていた。
家庭科の授業でエプロンを着た時でさえも、クラスメイトから揶揄われていた。
家庭科室での調理実習といえば、皆で協力して美味しい料理を作る、学生にとっては『楽しい授業』の筈なのに、翠はずっと『皿洗い』を任されていた。
その理由というのも・・・
「お料理ゲームとは違って、コントローラーで作れるわけじゃないんだからねー」
と言われた挙句、「これなら料理できないタマハシさんでもできるでしょ!」と言われ、後始末をほぼ全て、彼女に任されたのだ。
それ以外のクラスメイトは、終始和気藹々としながら、楽しく調理実習に励んでいた。
完成した料理でさえ、翠はほんの少ししか頂けなかった。「働かざるもの、食うべからず」と言われ。
しかし、この世界は違う。もう和気藹々と、料理を楽しんでいる場合ではない。エプロンですら必要ない。
『材料』さえあれば、割とどうにでもなる。『正しい作り方』なんて気にしていたら、餓死してしまう。
「いやぁー、それにしても、『エルフの覚醒者』なんて、俺初めて見ました!」
「覚醒者になったばかりですけどね。」
「えっ?! そうなんですか?!
てっきり・・・生まれてからすぐに才能が開花したのかと・・・」
その話を聞いて、翠はふと町長に質問した。
「この家の初代当主の・・・ドロップさんは、先天的に覚醒者だったんですか?」
「あぁ、文献によれば・・・だけど。
初代当主は、僅か6歳で魔術をマスターして、7歳の頃にはもうコエゼスタンスの一員として活
躍した・・・とか。」
「それは・・・すごいですね。」
「・・・そういえば、君達の名前を聞いていなかったね。」
「あっ、私はミドリで・・・」
「自分はリンです。」
2人の自己紹介が終わった頃には、テーブルに並べられていた料理はすっかり無くなっていた。
スープの入っていたお鍋も、あっという間にすっからかん。
3人は食器を調理場まで運び、一緒に皿洗いをする。
ついでに、旅で汚れた服や食器も、全部洗ってしまう事に。
翠の服はそこまで汚れていないものの、持っていた杖が相当汚れていた。
それもそうだ、町に着くまでの道中も、翠はブンブン杖を振り回して、モンスターと戦っていたのだから。
その話を町長にしたが、やはり耳を疑っていた。もうリンは慣れっこだ。
「・・・あ、そういえば町長さん、さっき会った彼のご飯は・・・」
「・・・あぁ、一応用意はしてあるんだけど、あの子は1人じゃないと絶対食べないんだ。」
そう言って、町長は調理場の中央に置いてある『一人分の夕食』を指差す。
リンが、「体調が悪いんですか?」と聞くと、町長は首を横に振る。
彼の弟を見た翠には、理由が何となくわかっていた。
「彼は・・・
『リータ』は、勉強に熱心なんです。それこそ、自分の体調も犠牲にするくらい・・・
・・・ただ、俺もリータも、何度か『魔術』を実践しようとはしているんですけど、弟は形に
すらならない状態で・・・」
「町長は、魔術が扱えるんですか?
私の場合、ヒーラーなので回復魔法しかちゃんと扱えないんですけど・・・」
「俺も魔術は扱えるけど、基礎中の基礎しかできない。
・・・そうか、ミドリさんはヒーラーなのか・・・
で、リン君は?」
町長のその問いに対し、リンは一緒にお皿を片付けているスライムを指差すと、それだけで町長は納得する。
「成程・・・・・確かに、君達2人なら、旅でも何の問題もないね。
で、これから君達は何処へ行く予定なんだい?」
「それが・・・決めていない・・・というか・・・
とりあえず、王都に行ってみるつもりです。」
改めて、自分達の旅路がノープランである事を自覚して、今更不安に襲われる翠とリン。
2人は顔を見合わせながら、互いにそこまで深く考えていない事に、危機感を感じ始める。
そんな2人を前にして、町長はクスクスと笑う。「お似合いだなー・・・」と呟きながら。
「・・・それで、町長さん。
『リータ』という人は・・・?」
「あぁ、そうか。君はまだ会った事がなかったよね。ミドリさんはたまたま見たけど。
2階にいるのが、俺の弟、『スプリータ・ドロップ』
本来なら面と向かって自己紹介をするべきなんだけど、リータは少し・・・人馴れしていなく
て。
まったく・・・魔術の勉強自体は悪い事ではないんだが、ちゃんと人付き合いも勉強してほし
いものだ・・・」
そう言って、兄である町長はため息をついていた。