32・初代当主 ドロップ
リンは書斎で気になった本を何冊も机の上に置き、そのまま椅子から離れなくなってしまう。
翠は、とりあえずコエゼスタンスの事に関してはリンに任せる事にして、書斎以外の場所も散策する事に。
書斎の隣には、客人を迎える『大広間』があったのだが、そこもだいぶボロボロ。
掃除はしっかりしているのだが、家具一つひとつが、今にも壊れそうなくらいだった。
一瞬座りかけた翠だったが、割と華奢な翠がほんの少し体重をかけただけでも、椅子は悲鳴を上げてしまう。
テーブルの上に置いてあるロウソクも、使われた形跡はあるのだが、かなり昔から使われなくなったのか、溶けている部分に埃が被っている。
(じゃあ、町長は此処でご飯を食べないの・・・かな?
・・・でも、確かにこんな広い部屋の中で、ポツンと1人だけで食べるのはね・・・)
暖炉の中は空っぽ、窓もしばらく開けていないのか、金具が錆びて動かない様子。
劣化した窓も、今にも割れそうだった。
そして、大広間の壁には、何枚もの『写真』が、しっかりした額物に入れられ、飾られている。
こちらはしっかり管理されているのか、乗っている埃が浅い。
(へぇー・・・この世界にも『写真』ってあるんだ・・・
まぁ、『スマホ』とか『デジタルカメラ』みたいな大きさじゃなくて、『三脚付きのカメラ』
みたいな、かなり大掛かりな物なんだろうな・・・)
歴史の教科書でしか、そんな大昔のカメラを見た事がない翠。
だが、昔を題材にしたアニメやドラマでは、まだ小型化がされていないカメラが登場するシーンがある。
特に『朝ドラ』で。
ただ、この世界ではまだ写真が普及していないのか、写真にかかる費用がとんでもなく高いのか、あまり浸透はしていない感じだった。
何故ならシカノ村には、写真なんて一枚もなかった。
飾られている写真自体は『若干カラー』で、それもそれでレトロ感があって味がある。
写真のバッグは、まだしっかりと手入れされてあった大広間が、ぼんやりと写っていた。
写真の中に写る大広間には、壁に『武器』が飾られ、部屋を囲むようにして『装飾品』が並んでいる。
今はもう、その武器や装飾品はない。売ったのか、それとも壊れたのか・・・・・
写真に写っている人物は、一枚一枚若干違うものの、皆の顔が似通っている事から察するに、
『歴代の家族写真』
そして、飾られている額縁のなかで、最も立派な額縁に飾られていた、一際大きな写真。
一番しっかり手入れされているのか、その大きな額縁は、つい最近磨かれた跡があった。
そこに写っている人物は、たった1人。
穏やかな顔をした『男性』が、お腹の前で手を組んで、微笑んでいる写真。
例えるなら、『モナリザ』とよく似ている。
その佇まいと、一番大きな写真・大きな額物に飾られている事からも、
その人が家の初代当主、
『ドロップ本人』である事が分かる。
(うわぁ、明らかに私が持っている杖とは比べ物にならないくらい、良い武器を持ってるなぁ)
豪華なのは武器だけではない、杖を持っている手とは反対の手には、高そうな小瓶に入っている薬が、うっすらではあるが確認できる。
そして、首や腕に飾られた装飾品は、写真であっても高級感が出ている。
これぞ『当主』という言葉がふさわしい人物。
そして、当主であり、覚醒者であるドロップのタトゥーは、『両手の甲』
『雫型のタトゥー』が、写真からでもはっきり見て取れる。
だが、さっき会った今の当初には、その印はなかった。
(・・・覚醒者って、『遺伝』とかするのかな?
でも、もしそうだったら覚醒者がこんなに重宝される事もないし・・・
やっぱり、結局は『運』なのかな・・・?)
ドサッ
「・・・・・??」
突然廊下の方で、『重い物が落ちる音』が聞こえ、翠が廊下に出てみると・・・
「うわぁぁ!! ごっ、ごめんなさい!!
まさかこんな所にいるなんて思わなくて・・・」
最初に翠が目にしたのは、廊下に散らばった数冊の本。
彼女がそれを拾おうとすると、開いたドアの隙間に隠れていた『青年』と目が合う。
少年が落とした本は、どれもこれも『魔術』に関わる本ばかり。
そしてドアの隙間に隠れていた青年も、さっき2人を出迎えてくれた町長と同じ髪色・同じ瞳をしていた為、翠はとりあえず挨拶をする。
「ご・・・ごめんなさい・・・
町長さんには、許可を・・・もらってはいないけど、別に物を盗むとかそんなんじゃ・・・」
そう翠が言いかけた途端、『バシッ!!!』と、青年は翠が持っていた本を取り上げ、そのまま何も言わずに去ってしまう。
翠がポカーンとしていると、後ろから町長の声が・・・
「あっ!! コラ!!
客人に挨拶くらいはしなさい!!」
青年は町長の声を無視して、階段を登って行ってしまった。
そして、2階からはドアを勢いよく閉める音が聞こえ、翠はついムスッとしてしまう。
これには町長も、苦笑いしながら弁解する。
「すいません・・・彼は私の『弟』なんですけど・・・
「久しぶりに町へ覚醒者が来てくれたから、ちょっとだけでも挨拶していきな!」
って、言ったんですけどね・・・
すいません、彼はちょっと・・・人付き合いが苦手でして・・・」
町長の弟の対応は、まるで、『翠と出会ったばかりのリン』を彷彿とさせていた。
そっけなく、無礼で、挨拶もできない。しかし、リンの行動には訳があった。
彼はずっと、『モンスター』という鎖で、『自分自身』を縛っていた。
だから、必然的に無礼になってしまったのだ。
しかし、今出会った町長の弟とは、境遇が違う。
リンの対応は、翠もギリギリではあるが、どうにか納得できる事情があった。
しかし、彼はモンスターではない、見た限りでは、『普通の人間』