2・トラブルの発端
クラスメイト達は、数日前からこの林間学校を楽しみにしていたのだが、翠はあまり乗り気ではなかった。
ネットが使えないのは、ゲーマーである翠にとって苦痛ではあるが、数日間なら我慢できる。
自然に囲まれたなかでの合宿も、苦手というわけではない。むしろ好きな方だ。
色とりどりな花々を見たり、大きな青空を眺めてのんびりすると、日頃から酷使している『目』や『手』が癒されるから。
やはりどんなマッサージよりも、一番体にいいリラックス方法は、『自然と直接触れあう事』
それが一番低コストであるし、誰でもできる事。
わざわざネット通販で『アロマキャンドル』とか『リラックスミュージック』を購入しなくても、自然の音に耳を傾けているだけで、自然と心が落ち着くのだ。
翠が一番耐え難いのは、『オタクという理由だけでいじられる数日間』である。
今では『オタク』に対しての偏見も消え、世界的に有名なアイドルや俳優も、オタクである事が多いのが今の世の中。
オタクという理由で軽蔑するのは、もはや何十年も前の話である。
しかし、翠の配属されたクラスでは、『カースト上位の人間』が優劣を決め、翠は勝手に下位へ降ろされ、『いじられキャラ』としてのレッテルを貼られてしまった。
カースト上位の生徒が好きなのは、とにかく『流行もの』
『食べ物』でも、『お笑い』でも、『ドラマ』でも。とにかく最先端のものじゃないと話にならない。
もちろん、翠以外のクラスメイトの中には、彼女と同じくゲームやアニメが好きな人だっている。
しかし、いじられても意に返さない翠が、何故か集中的に『いじられ代表』になってしまい、気づいた時には、もう翠のクラスでは、『オタク=いじられて当然』という感覚が出来上がっていたのだ。
ただ単に、クラスの上位カーストの生徒が、アニメやゲームに興味を持っていないだけで、翠は迫害される対象になってしまった。
だが翠は、意に返そうとしない。何故なら『動機がくだらないから』
その態度に、カースト上位の生徒は「ビビりなだけ」と言って、更に蔑んでいるものの、実際に翠も彼らの事を蔑んでいる為、何も言わない。
別に翠は、今時の流行を否定しているわけではない。
流行っているゲームに手を出して、SNSに詳しい評価を投稿するのも、翠の趣味の一環である。
翠が本当にくだらないと思っているのは、『流行りに乗っている自分=かっこいい』と思い込んでいるクラスメイト達。
そこまで好きでもない物に手を出して、SNSにアップしているクラスメイト達を見ても、全然楽しそうには見えない。
むしろ流行を追い求めすぎて、「私最近金欠なんだー・・・」と、毎日毎日言っている女子生徒には、ため息しか出ない。
そして、流行に疎いクラスメイトを蔑んで、楽しんでいる様子を見ていると、ますます何も言い返せない。
先生は一方的に『翠が悪い』みたいな口調をしているのにも、ますます言い返せない。
言い返したところで『水掛け論争』に発展するのは、目に見えているから。
それなら、あえて黙っていた方がお互いの為。
翠は滅多に口を開かない為、クラスメイトや先生を含めた人間は、「コミュ力がない」「協調性がない」と思われているが、実はしっかり考えているのだ。
それをあえて口に出さないのは、揉め事を起こして面倒を起こさない為。
翠があまり喋られないのには、そういった動機がある。
「せんせーぇ!」
突然、後ろに座っていた生徒の誰かが先生を呼ぶ。
「どうしたー?」
「バスまだ着かないんですかー?
もう到着時間を30分も過ぎてますー、そろそろ酔ったので降りたいんですけどー」
「あぁ・・・ちょっと待ってろ。」
翠が先生の腕に結ばれている時計を確認すると、確かにしおりに記載されている到着時間を大幅に過ぎている。
景色がずっと森ばかりだった為、翠は全然気づかなかったのだ。
学校のように、『時計』があちこちにあるわけでもない為、翠も現在時刻を見てびっくりした。
翠はそこまで車に弱くはないのだが、カーブの続く山道をユラユラと揺られ続けると、当然揺れが激しくなる。
激しくなる。
もうクラスメイトの何人かは、顔色が青くなっている。
一応席の後ろには「袋」が常備されているのだが、使いたくないのだろう。
先生も、そんな生徒達の異常に気づき、運転席までゆっくりと足を進める。
そして先生が、バスの運転手の顔を確認すると、その顔は明らかに苛立っていた為、先生はなるべく慎重に、今の状況を聞き出す。
だが、その原因を聞き出すよりも先に、バス正面の光景を見た方が早かった。
翠は前列に座っていた為、その光景がチラッとだが見えていたのだ。
バスの前に立ち塞がっているのは、3つのバイク。
しかもそのバイク集団は、狭い道をかなりゆっくりなペースで走り、時折立ち止まったり、急発進をしたり・・・と、明らかに危険な運転を続けている様子。
バスも何度かクラクションを鳴らしているのに、あっちもあっちで気にもしていない。
いつからそのバイク達がバスの前にいたのかは誰も分からないが、運転手の様子から見て、随分前から弄ばれているのが分かる。
これには先生も苛立ってしまい、「運転手さん、止まってください」と言い、止まってはいけない道路ではあるものの、仕方なく止まるバス。
路肩に停めたくても、路肩が狭すぎて止まれないのだ。
そしてバスから降りた先生は、バイクに乗っている人と色々話し合っているのを、翠はジッと見ていた。
騒動に気づいた他のクラスメイト達も前列に駆け寄り、先生があれこれと説教している様子を、不安な様子で眺めていた。
「ねぇ、玉端さんも行ってくれば?
「迷惑になってる自覚はないんですかー」ってさ!」
「無理無理ー! 玉端さんビビりだしー!」
クラスメイトがまた翠を揶揄ってケラケラと笑っていると、話し合いを終えた先生がバスの中に戻って来て、各々席へ戻るように促した。
すると、一番近くで様子を伺っていたバスの運転手が、何を話し合ったのか聞いた。だが・・・
「ダメだ、ああゆう人達は『説教』とか『説得』とか無駄だわ。むしろこっちが疲れた。」
「あはは・・・」