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雨中の葬式

 その日は、シトシトと雨が降っていた。

 まるで天気まで、『39名の魂』が、突然この世から旅立ってしまった事を、惜しむ様に。

 惜しんでいるのは、もちろん天気だけではない。

 『葬式』に参列した大勢の大人、学生達が、自らの頬に伝う涙を、ハンカチやティッシュで拭おうとしても、涙の雨が止む事はない。

 あまりにも突然すぎて、実感が湧かなかった人々も、『39人分の棺』を見て、ようやく自覚したのだ。

 ・・・いや、棺は39人分だけではない、もう『2つ』

 

 1つの棺は、39名分の手前に置かれている、一際大きな棺。

 こちらは、39名を引率していた『先生』

 

 そして、もう1つの棺は、大きな棺の脇。こちらの棺も大きかった。

 こちらは、『バスの運転手』


 炎上していたバスの中から、『41名』全員の、変わり果てた遺体見つかる。

 バスが転落した事に加え、爆発・炎上という不幸の重なりの中で、41名の体は、辛うじて残っていたのだ。

 警察もレスキューも、半ば諦めていた状況下で、唯一起きた奇跡。

 だが、無惨に焼け焦げた現場は、ニュースでも報道されなかった。

 現場を見たベテランのレスキュー隊員でさえ、苦い顔を隠しきれなかったのだ。

 落下した衝撃でペチャンコになった、その鉄の塊が、まさか生徒や先生を乗せていたバスなんて、想像もできなかった。

 落下した衝撃で、全員の死因すら特定できず、現場の調査は約2ヶ月に及んだ。

 その2ヶ月間、ニュースではずっと彼らの事が報道され、彼らの名前は世界規模で有名になってしまった。

 現場は深い山奥であり、人が出入りするのも難しい場所。

 山は天気が変わりやすい場所でもある為、ヘリによる捜索もなかなか進まなかったのだ。

 晴れた・・・と思ったらまた雨が降り・・・

 雨が止んだ・・・と思ったら、今度は霧が山を覆い・・・

 こんな状況の繰り返しでも、レスキュー隊達は諦めなかった。


「せめて、遺族と再会させてあげたい」


 その一心で頑張っていた。


 そして、事故のきっかけを起こした、『バイクの運転手3名』は、何度もその現場に足を踏み入れては、悲惨な光景を目の当たりにしている。

 何度も何度も、自分達が引き起こしてしまった現場を訪れる事は、3人にとっては『拷問』である。

 しかし、それくらいはしてもらわないと、遺族達の怒りが一気に沸点まで達してしまう。

 ・・・いや、もう沸点を越して、色々と問題になってしまった遺族もいる。

 3人も、まさかこんな事態になるなんて、思いもしなかった。

 3人は今までも何度か他のドライバーと喧嘩になった事はあったが、まさか40名を一瞬で亡き者にしてしまった自覚が、2ヶ月経っても3人にはなかなか湧いてこないのだ。

 3人の事は、すぐニュースでも話題になり、彼らがかつてバイクで訪れた『道の駅』や『温泉』も取り上げられた。

 それだけではない、彼らの『母校』や『住所』、『電話番号』もネットに晒される事になり、もう3人に逃げ場はない。

 この事件は、大々的に全国各地のニュースで取り上げられ、海外のニュースでも少しだけ報道された。

 近年、『煽り運転』や『危険運転』が、年に何度もニュースになっている。しかし、ここまで大量の被害者が出た事件は、他に類を見ない。

 今回の件は、『最悪に最悪が重なった結果』であった。

 もし、バスが傾いた先が、崖ではなく『岩肌』だったら、ここまで大きな事件にはならなかった。

 そもそも3人があんな場所で止まっていなければ、バスは転落しなかった。

 一体誰を、何を怒っていいのか分からなくなるくらい、悲しい事件。

 葬儀場が混沌としてしまうのも当たり前。

 参列したのは、学校の関係者や被害者の家族だけではなく、亡くなった生徒と一緒に汗を流していた部活メンバー、亡くなった生徒が通っていた塾の先生、被害者の祖父母に至るまで、多くの人々が手を合わせに来た。

 亡くなった被害者の中には、もうすぐ開催される大きな大会に向けて、日々努力している生徒もいた。

 被害者の中には、年老いた祖父母の面倒を率先して見ていた、優しい生徒もいた。

 そんな彼らの未来は、あっさりと絶たれてしまったのだ。

 誰もが予想できなかった、『偶然の不幸』によって。

 そんなの、誰もすんなりと受け入れる筈がない。 

 先生の関係者の中には、『先生の妻』や『愛犬』の姿もあり、冷たくなっているご主人を前にして、咽び泣いている妻や愛犬の姿に、取材に来たカメラマンでさえ、涙を流していた。

 バスの運転手も、だいぶ原型がない状態ではあったものの、発見された。

 参列した人々の中には、バスの運営会社の社長や幹部もある。

 悲惨な事故の悲しみや苦しみを噛み締めながら、彼らは何分間も手を合わせていた。

 その光景だけでも、そのバスの運転手が、他の職員からどれだけ信頼を寄せられ、日々真面目に業務に取り組んでいたのかが伺える。

 だからこそ、余計に悲しみが増しているのだ。

 葬式に参加してくれた人々の手によって、式場は花の香りに包まれ、美しく飾られた40人。

 この大々的なお葬式は、一般的な葬式会場では広さが間に合わず、市のホールを借り切って執り行われた。

 市の責任者も快く承諾して、臨時の駐車場が設置されたり、車を誘導する警備員が派遣されたり、彼らの為に多くの人々が尽くしてくれたのだ。

 壁には40人の顔写真が飾られ、全員が式に参列してくれた人に、優しい笑みを向けている。

 ただ、参列者の誰も、棺の窓を開けようとはしない。

 何故なら彼らの姿は、もう誰が誰だか判別がつかないくらい、真っ黒になってしまっているから。

 発見にも手間取ったが、身元の特定にも手間取った。


 今回の件で、バスの運転手には何も落ち度はなかった。

 山奥の危険な道であんなトラブルに見舞われる事がなければ、林間学校は滞りなく行われる筈だった。

 例年通り、無事に終わってくれる筈だった。

 だが、バスが崖下に落ちた段階で、通報が早くても遅くても、既に手遅れだった。

 そう、3人が道路で突っ立っていた段階で、もう崖下へ落ちる事は確定していたのかもしれない。

 当然、3人には厳罰が求められ、その件でSNSも一時期大荒れになった。

 自分達の軽はずみな行動が、これ程にまで大問題に発展させてしまった3人に、「当然」と言って切り捨てるアナウンサーも珍しくはなかった。


 そしてこの事件は、通称


『山中バス落下炎上事件』


 として、多くの人々の記憶に刻まれる事になった。




「翠・・・翠・・・

 まだあのゲーム、一緒にクリアしなかっただろ?

 お父さんだけでクリアしても、何の意味もないんだよ・・・・・」


「翠・・・お母さんね・・・

 また今年の大晦日に、一緒にできるゲーム、色々と買っておいたのよ・・・

 なのに・・・まだあなたのいない大晦日やお正月が、想像できないの。

 ごめんね・・・・・泣き虫のお母さんで・・・・」


 端に『玉端 翠』と刻まれた棺の前で、『二人の夫婦』が泣き崩れている。 

だが、それは翠の棺に限った話ではない。

 各々の両親や兄弟姉妹が、家族との突然の別れに、大粒の涙を流しながら、やり場のない感情を抱えていた。


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