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26・静かなる門出

「・・・よしっ、忘れ物は?」


「大丈夫・・・・・ちょっと寒いですけど・・・」


「早朝だから仕方ないよ。

 でも今の時間帯に動けば、誰にも気づかれないし、モンスターと余計に戦わなくて済む。」


 空気が冷たく、湿気を帯びている早朝の村。森から忍び寄る霧が、2人を隠してくれる。

 あちこちで商人が、仕事の準備を進めている姿がまばらに見えるが、2人は彼らを避けるように、村の門までコソコソと歩いてきた。

 あちこちから聞こえる鳥の囀り(さえずり)は、村中にこだましている。その日は出発日和の晴天だった。

 その日はいつも以上に空気が冷たかったので、リンはフードを深く被り、翠もくしゃみを必死に堪えている。

 こんな静かな朝にくしゃみでもしたら、一発で気付かれる。

 いつもの倍近い時間をかけて、ようやく村の門まで辿り着いた翠とリンは、いよいよ新たな冒険の第一歩を踏み出そうとしていた。

 その直前、リンだけがほんの少しだけ後ろを振り返り、今まで暮らしてきた村に別れを告げる様に、その場からしばらく動かない。

 辛くて悲しい記憶ばかりの場所ではあるが、リンにとっては『故郷』である。

 でも彼の顔に、未練は一つも無い。リンは、ずっとこの瞬間を夢見ていたのだ。

 自らの足で、この村を去る事は、リンのこれまでの苦しい生活から、ようやく訣別した事になる。

 もうリンは、泣いてばかり・震えてばかりの少年ではない。

 自分の足でしっかりと大地を踏み締め、この広大な世界へと挑む覚悟を噛み締めている、立派な召喚師である。


「・・・さよなら。」


 そう言い残し、リンは翠より一足遅れて村を出る。

 彼を見送ってくれる人はいない。・・・いや、彼自身が見送りを拒んだ。

 今更優しく見送られたところで、感動する事なんて一つもない。

 もうリンは、村民達を恐れる必要もなくなった。つまり、相手をする必要がなくなった・・・という事。

 リンは全然寂しくなかった、むしろ清々しかった。

 リンが求めていたのは、覚醒者としての境遇もあるが、彼が真に欲していたのは、誰にも邪魔されず、邪険にされず、自分の道を歩める『選択権』である。

 その選択肢を手に入れた今、もう彼らに温情をかける必要なんて一切ない。

 かけてあげる程、リンはもう弱くない。

 後になってから、「勝手に村から出て行った」と騒がれても、全く問題ない。

 何故ならもう、リンは村を出ても生きていける『力』をつけたから。

 その力を手に入れたきっかけが、偶然であったとしても、リンがこの機会を逃すなんて事、するわけがない。

 もちろん、『今までの仕返し』なんて、無謀な事はしない。

 リンがそんな事をしないのは、翠もよく知っている。

 それは、リンが蔑まれる痛みを人一倍知っている事もある。

 だが、何より、そんな行為は体力的にも、時間的にも、全くの『無駄』である事を理解しているから。

 そんな事に時間を費やすくらいなら、いっそのこと、命懸けの冒険をした方が、何倍も何百倍も楽しい。

 だからリンは、これからの旅路にウキウキしながら、村の方を一切振り返らなかった。


「リン・・・楽しいのは分かるけど、ちゃんと周りも警戒してね。」


「ごっ、ごめん!! つい・・・・・」


「・・・まぁ、いっか。こんなに広い世界が目の前に広がっているのに、冒険しないなんて、損以上のなにものでもないね。」

 以上のなにものでもないね。」


 そう話している翠だが、ふと彼女は思った。

 自分が生きていた旧世界も、もしかしたら新世界と同じくらい、広かったのではないか・・・と。

 翠が生きていた世界は、日本のちょびっとした一区画に過ぎなかった。

 そこが、翠にとっては『全ての世界』だった。

 しかし、それは全く違っていた。・・・いや、もうとっくに気づいていたのだ。

 旅番組やバラエティー番組で、世界中の美しい風景や街並み、文化を紹介する場面を見ては、自分の住んでいる場所とは違う世界に憧れていた。

 ただ、翠は憧れるだけで、実際に行動しようとは思わなかった。

 昔、一度だけ翠の父親が聞いてきた事がある。


「翠はさ、将来どこか行きたい国はあるのか?」


 その問いに、翠はつい強がって・・・


「ゲームが楽しめるなら、日本でも海外でもいいやー」


 と、言ってしまった。




 だが翠は言いたかったのだ。


「『外国』なんて遠い場所になんて行かなくていい。


 『一緒に趣味が共有できる学校』へ行きたい

 『ゲーム好きを蔑まない学校』へ行きたい


 私、『ゲーム好きだから』って理由で、学校生活を楽しめないの。」




 しかし、言えなかった。言えるわけなかった。

 翠の家庭は、父も母も含めて、ゲームが大好き。

 休日になれば一緒に対戦して、ゲームに関するニュースやセールの情報で、予算を考えた家族会議を開く事もあった。

 もし、『ゲーム好きだから』という理由で、学校に馴染めていない事が両親に知られたら、一番悲しむのは両親。

 翠も、ゲームは純粋に大好き。だからこそ言えなかったのだ。


 ・・・リンも、あの村を本気で嫌いになる事はできなかったのだ。

 だから辛い思いをしてまで、あの村に居続けた。

 そうでなければ、蔑まれた環境に進んで居続けるなんてしない。

 しかし、翠は彼の未練を断ち切らせる『きっかけ』を作り、その上『覚醒者』という立場も授けてくれたのだ。

 そんな彼女についていかない・・・なんて選択肢は、最初からリンにはなかった。

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