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23・『祝賀』の筈なのに・・・

 その日は、村全体で祝福ムードに包まれていた。

 翠は知らなかったが、あのタカギグモに関する被害は、数十年前からあったのだ。

 村人はもちろん、村を通りかかった『馬車』や『旅人の集団』でさえも、無差別に襲っていたあのタカギグモにかけられていた賞金を見た翠は、目玉が飛び出しそうなほど驚いてしまった。

 その上、タカギグモが被害を及ぼした範囲も、翠の想像を遥かに超えていた。

 そんなモンスターが退治されたのなら、村人が大袈裟に思えるくらい大喜びするのも頷ける。

 「これでタカギグモに怯えず、もっと広い範囲で仕事ができる!」と、木こり達がお酒の入ったグラスをぶつけ合って、これからの仕事に期待を寄せていた。

 もちろん、得をするのは木こりに限った話ではない。

 今まで村を出るにも、タカギグモに怯えながらビクビク出入りしていた村人全員は、もう無駄に緊張しなくても、村の出入りが安易になったのだ。

 タカギグモが人々から厄介者にされていたのは、守りの硬さに加え、獲物を狩る時以外は高い木々のてっぺんに身を隠す習性があった為、退治どころか、クモを見つける事もままならなかった。

 その上、タカギグモはまだ生態がはっきりしていなかった為、普段は何を食べているのか、どんな人間をターゲットにしているか・・・等、討伐に必要な情報が十分ではなかった。

 だから、どんな重装備で挑んでも、どんなにレベルが高い覚醒者が挑んでも、なかなか良い成果を出せなかった。 


 ・・・にも拘わらず、ついこの前村に来た覚醒者が、あっさりとやっつけてしまった上、村に住んでいたモンスターであるリンが覚醒してしまったんだから、村にとっては全く予想できなかった幸運だった。

 リンの話によると、覚醒者を生み出した村や町は、覚醒者を目指す存在達から注目され、今まで以上に賑わうんだとか。

 旧世界で例えるなら、『有名になったスポーツ選手・著名人の出身地や母校が有名になる』という感じ。

 リンの言う通り、掲示板には『シカノ村出身の覚醒者一覧』という紙が張り出されおり、リンの名前もいつの間にか追加された。

 しかし、リンはもう翌朝には村を出る。誰にも言わず、こっそりと。

 そんな彼の意向なんて露知らず、村人達のお祝いムードは冷めやまない。

 まだ誰も退治できたなかったモンスターを退治できた事も、村にとっては良いアピールになる。

 だからこそ、村人達は喜んでいるのだ。

 クモから手に入れた報酬は、スライムやゴブリンから手に入れた戦利品とは比にならないくらい、かなり高額なものになった。

 クモを退治した報酬だけで、国の中心地である王都に行けそうなくらい貯まってしまう。


 そこで翠は、手に入れた報酬のいくらかを、リンの『イメチェン代』に当てた。

 何故ならリンの姿は、翠が色々と手を尽くしたものの、まだちょっとみっともなかったのだ。

 自分の身なりもあまり気にした事のない翠が、人の身なりを整えるのは無理だった。 

 まず、腰部分まで伸びている金色の髪を、肩付近にまでカットする。

 そして、着ていたボロ布は処分して、召喚師に似合いそうな『黒一色の服』を新調。

 その他にも、口元を隠せる『黒い布』も買い、いよいよ召喚師らしくなったリン。


「・・・どうですか? かっこいいですか?」


 綺麗な服に着替え、照れているリンの問いに、翠は親指を立ててにこやかに笑う。

 しっかり身なりを整えたリンは、この前よりも格段にカッコ良くなっている。

 もう何人もの村娘が、リンに言い寄って着ている・・・が、リンはまだ、蔑まれていた時の感覚が抜けていないのか、すぐさま翠の側に隠れてしまう。

 リンが動揺してしまうのも無理はない、覚醒者になった途端、村人全員の態度も目線も、一気に変わってしまった。

 正直、リンは喜びよりも、戸惑いが隠せない様子。

 彼は、覚醒者に憧れていた。だからこそ様々な武器に挑戦しては、明日を生きようと必死になっていた。

 どんなに難しい確率でも、信じるしかなかった。信じていたから、リンは過酷な環境でも生きられた。 

 しかし、いざ覚醒者になって、周囲の環境が一気に変わると、素直に喜べない気持ちの方が強くなってしまう。

 それくらい、覚醒者が大切な存在である事は伝わるのだが、


(今まで虐げられてきた自分が、一体何だったのか・・・)


 と、リンは考えてしまうのだ。

 そして、彼はふと思い出す、翠にこの世界の摂理の一部を教えた時の事を。

 翠は当初、この世界の摂理を聞いても、一向に理解できなかった。今もまだ理解できていないが。

 その翠の気持ちが、覚醒者となったリンにも、ようやく分かり始めたのだ。


 何故モンスターだからいじめられるのか。

 何故覚醒者は丁重に扱われるのか。

 覚醒者になってしまえば、本当に全てを見返した事になるのか。


 『憧れ』とは、『自分の理想』ではない。

 そんな言葉を、翠は何かの本で見た事がある。確かにその通りだった。

 翠もかつては、『異世界転生』に憧れていた。

 旧世界とは違う生活スタイルやファンタジーに、憧れを抱かずにはいられなかった。

 何故ならファンタジーの世界は、ゲームやアニメでは定番のスタイル。

 様々な作者によって、色とりどりの世界が表現され、そんな世界に憧れを抱いているのは、翠だけではない。

 ファンタジーの世界が再現されているテーマパークや、グッズ専門店は、老若男女問わず人気である。

 それくらい、異世界に『夢』と『憧れ』を抱く人が少なくない。


 しかし、実際に来てみると、さほど変わらないものであると、翠は知ってしまった。

 覚醒者となったリンを見る村人達の目は、まるで『有名人になった途端集り出す周囲の人間』の様で、吐き気すら覚える。

 翠は、自分が特別な存在である自覚なんてない。周囲が持ち上げているだけ。

 リンもそれは同じだった。覚醒者になる前も後、リンである事に変わりはない。

 しかし、リンが覚醒者となった途端、周囲の様変わり様には、呆れてものも言えない。

 だから翠とリンは、村人達が外でご馳走やお酒を嗜んでいる最中、宿屋へ隠れた。


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