22・帰還は心地良くなかった
覚醒者となったリンが村へ戻って来た時の衝撃は、村全体に轟いていた。
「まさか・・・」「あんなヒョロヒョロが?!」と、遠くからヒソヒソと声がするが、村人達が小声で話し込んでいるのは、リンの事だけではない。
リンが背負っている、立派な武器やアクセサリーの数々。
村の周りを歩いただけでは、絶対に手に入らない様な品ばかりで、村人達は一瞬2人を怪しんだものの、翠が引き摺っている『クモの亡骸』を見た途端、その疑いの目は、尊敬の眼差しへと変わる。
「まさか・・・あの『タカギグモ』を退治してくれたのか?!」
「えぇ?!
あの・・・数年前から山の高地に潜んで、貴族旅人問わず襲っていた、あの・・・?!」
「あぁ、もう何年も掲示板に『討伐依頼』が貼られているのに、一向に剥がれなかったんだ。」
「王都から来た兵士が束になっても、討伐できなかったそうだぞ。」
「それを・・・まさか・・・あの2人が?!」
最初翠は、クモの亡骸を放置して、戦利品だけ持って行こうとした。だが、リンは覚えていたのだ。
掲示板に貼られていた、タカギグモの討伐依頼を。
翠は討伐依頼を受けていないのだが、討伐依頼のあるモンスターの亡骸を持っていくだけでも、報酬が貰える事を知っていたリン。
だから、ちょっと強引ではあるが、村まで引っ張って来た。
誰か人を呼んでもよかったのだが、翠が涼しい顔をして巨大なクモを引っ張っていく様に、リンはただ呆然と見ている事しかできなかったのだ。
引っ張って来る前、翠の「バラバラにして持って帰る?」という提案に、リンは全力で首を振った。
ただ、もうリンは、フードを被って自分自身を隠さず、村の中を自由に歩けるようになっている。
覚醒者となった事で、ようやく彼の心の中にも『自信』が芽生え始めたのだ。
傍観している村民のなかには、さっきの朝まで彼に目を向ける事すらなかった村民が、リンに「ありがとう! 英雄!」と、大声で手を振る姿も。
「・・・はっ、覚醒者になった途端この変わりよう。ほんとくだらない。」
「あはははは・・・・・」
苛立った翠がグチグチと文句を言い始める、リンは彼女の発言を否定する事もできず、乾いた笑いを返すだけで精一杯だった。
だが、『こういう展開』は、よくゲームやアニメでもある。
ついさっきまで虐げられてきたキャラが、色んなきっかけ待遇が変わる展開。
ゲームやアニメなら、苛立ちはするものの、「ゲームだから・アニメだから」と、自分を納得させていた翠。
だが、実際にリンが虐げられていた現状を目撃していた側としては、到底許されない対応。
それに、村人達がリンに向ける視線が、やけに気持ち悪かった。
完全に隠しきれていない『恐怖心』と、自らの欲望が入り混じったような、下衆な目。
まるで、飼育員の餌を待っている動物の様にも見えた。
(・・・皆、きっと怖いんだろうな。
『自分達が今までにしてきた仕打ち』が。)
ここまできて、ようやく自分達のしてきた所業が、安易に許されることではない事に気づいても、遅すぎる。
今更の謝罪も、お詫びの品も、もういらない。何故なら、タカギグモの戦利品で、もう2人は大満足だから。
『とりあえず』『後が怖いから』という理由で受け取る物なんて、大抵ロクなものではない。
翠は「はぁ・・・」とため息をつきつつも、亡骸を集会所まで持っていた。
そして、そこにたまたまいた村長は、窓からクモの亡骸を見るや否や、卒倒しそうになる。
・・・いや、2人の姿を見ただけで、顔が真っ青になっていた。
当然だ。2人の体は、クモの体液でベットリと濡れ、まるで『人型のスライム』にも見えてしまいそうな程。
集会所のドアを通過する事ができなかった為、集会所近くでクモを放置させていたら、ワラワラと野次馬が近づいて来た。
「見ろよ・・・腹が破れてる・・・」
「もしかしたら、腹の中に仕留めた亡骸でも入ってるんじゃないか?」
「いやいや、まさか・・・」
卒倒してから約10分後に、ようやく意識を取り戻した村長。
だが、まだ信じられない様子で、翠に問いかけた。
「これを・・・君が?!」
「いいえ、トドメは彼が刺しました」
その受け答えに、リンは思わず翠の後ろから彼女の服を掴み引っ張った。言われたくなかったのだ。
翠のその言葉に、ますます疑いの目を向けた村長だったが、リンの体の異変に気づき、すぐ目の色を変えた。
「そうか、君が・・・・・
本当にありがとう! 君はこの村を救ってくれた英雄だ!」
「・・・・・えぇ・・・」
リンの反応は、案の定・・・というか、あまり喜んでいない様子。逆に、微妙な顔を村長に向けた。
そのリンの態度からして、翠は察してしまった。この村を治める村長ですら、リンを蔑んでいた事を。
酷い扱いをされていても、見て見ぬフリをしていた事。
だが2人にとって、周囲の賞賛なんてどうでもいい。肝心なのは『いつもより豪華な戦利品』
「ねぁ、リン、このアクセサリーは此処じゃなくてさ、もっと大きな町へ売りに行こうよ。」
「そうですね。
・・・あっ、『モンスターからの戦利品』というのは、あえて言わない方が・・・」
「あー、確かに。」