21・リンの目覚め
翠がこれまで退治したスライムの数は、10・20匹を優に超えている。
そんな翠だからこそ、クモの顔面に張り付いているスライムが、今まで見てきたスライムとは違う個体である事が、何となくだが分かった。
まず、色が『毒々しくない』
むしろ、鮮やかでとっても綺麗で、まるで『大きなゼリー』の様。
野良のスライムもカラフルではあるものの、どこか色が濁っていて、どう見ても害がありそうな色。
しかし、今翠が見て見ているスライムは、例えるなら『ブドウゼリー』の様に、よくよく見ると美味しそうに見えるくらい、色が綺麗。
翠が唖然としていると、すぐ横で彼女を呼ぶ声がする。
「ミドリ・・・さん・・・・・」
「・・・・・リン・・・
どうしたのよ、その・・・・・『手の爪』
・・・それに、その『タトゥーみたいな痣』も、ついさっきまでなかった筈よ?!」
光に包まれたリンが様変わりした姿に、翠は一瞬相手が誰なのか分からなかった。
しかし、『手の爪』と『タトゥー』以外は、ついさっきまでのリンとほぼ変わらないまま。
手の爪が、まるでマニキュアを施した様に、『綺麗な紫色』になっている。
タトゥーができた場所は、『顔の目尻』
そのタトゥーも紫色で、まるで『紫色の涙』を流している様にも見える。
翠は、リンの様変わりした姿に、思わず見惚れてしまいそうになったが、リンは翠の後ろで、バタバタと暴れ回っているクモの方が気になる様子。
「・・・な・・・何・・・何なの??」
「・・・多分・・・僕が『召喚したスライム』が、クモの口元にまで侵入して、息ができないんだと思う。
」
「じゃあやっぱり、あのスライムってリンの・・・?!」
突然の事で色々とびっくりしたものの、納得できる翠。
あのスライムが野良スライムと雰囲気が違うのは、リンが召喚したから。
そして、爪や顔の異変は、
『覚醒者としての地位』を得た証拠
「・・・ミドリさん、トドメをお願いします。」
「え?
いいっていいって、あんたがやりな。」
「・・・いいんですか?」
そう言って、リンはもうぐったりしているクモに手を向ける。
すると、クモの体内にいたスライムが、クモの腹を突き破り出てきた。
周囲にはクモの緑色の体液が飛び散り、リンや翠の服にもベットリ付着してしまう。
纏っていた糸は、主が絶命すると同時に解けていき、今までずっと集め続けてきた戦利品が、バラバラとこぼれ落ちてきた。
なかにはかなり豪華な武器や装飾品もあり、リンは思わず息をのんでしまう。
このクモが、一体どれだけの人間やモンスターの命を刈り取ってきたのか、一体どれくらいの年月を生きていたのか、それを察する事すらできないくらい、多くの戦利品。
翠はというと、リンが躊躇なく、さっくりとトドメを刺した光景に、思わずゾッとしてしまったものの、振り返ったリンの笑顔を見ると、その気持ちは吹き飛んでしまう。
「ミドリさん、僕やりました!! 僕がやりました!!」
「あー、はいはい分かった分かった! おめでとう!」
リンは自分の両手が体液でベットリな事も忘れ、翠の両手を握る。
まるで、『親に褒めてもらいたい子供』の様に。
リンの喜びは、召喚したスライムにも通じているのか、スライムもリンの隣でぴょんぴょん跳ねていた。
翠がそのスライムに、「よく頑張ったね」と言いながら撫でてあげると、スライムの体表が赤くなり、何故か召喚した筈のリンまで、顔を赤く染める。
スライムに触れた感覚は、とても気持ちよかった。
野良スライムが絶命した時、素材を採取する為に何度も触っている翠だが、その時の感触は、あまり良いものではなかった。
例えるなら、お風呂の詰まりを素手で取った時のような、気持ち悪い感触。
ただ、素材はしっかり回収しておかないと、後々困るのは自分自身だった為、翠は渋々回収していた。
しかし、リンが召喚したスライムは、感触も違った。
あの気持ち悪さが微塵も無く、素手でプルプルのゼリーを触っているような、モチモチの気持ち良さがある。
旧世界でちょっとだけ触れた事がある、『ダメになるクッション』を思い出す翠。
「・・・でも、どうしていきなり、こんな・・・」
「・・・実はあのクモから逃れようとした時、転んだ拍子に、スライムの亡骸に触れたんです。
恐らく・・・それがきっかけになって・・・『召喚師』として覚醒できたんだと思います。
・・・今思えば、どんな武器も、しっかり扱えなかった原因は、自分が召喚師としての資格があったから・・・なのかもしれませんね。
」
「・・・まぁ、良いじゃん。結果オーライだよ。」
「多分これから先、召喚できるモンスターが増えると思うんです。
色んな世界を巡って、色んなモンスターと戦えば・・・」
「・・・その覚悟はある?」
翠のその問いに、今まで戸惑ったような返答しかできなかったリンが、はっきりとした口調で、自分の意思を翠に伝えた。
「えぇ、もちろん。だからこそ私は、召喚師になれたんです。
・・・それに、僕を召喚師として導いてくれた、翠さんの事を、これからは『自分の力』で守りたいんです。
」