177・一時撤退
どのくらい時間が経ったか、翠たちの感覚では、もう夜が明けてもいいくらい、長い長い時間が経
過したように思えた。
もう指を動かす力すら無くなった女性から、ようやく柱が抜ける。
だが、もう手遅れなのは、誰の目から見てもわかる。
柱が抜けた瞬間、床に倒れこむ女性。まるで、子供に相手にされなくなった人形の様に。
そして、この状況を見て、今までケラケラと笑いつづけていた王が、ようやく正気を取りもどす。
腰をぬかしながらも、体を引きずって倒れている女性のもとへ向かう。
もう動かなくなってしまった女性を抱きかかえ、「チャソー・・・チャソー・・・」と、その女性
の名前を呼びつづける。
その女性の正体を、グルオフはいち早く察した。
「___貴方の奥さん。女王陛下・・・ですね。」
グルオフのその言葉に、王は頷く。城の異変に慌てて王の部屋に駆け込んだのは、妃だった。
変わり果てた姿ではあるが、身につけている高そうな服装や、血の匂いに混じるくらい強い香水の匂いが、この国の女王であることを物語っている。
王の泣きわめく姿を見た翠は、誰よりも早く、壊されたドアの先を見た。
そこには既に、女王を貫いた柱はなかったが、王の部屋だけではなく、廊下も酷い有様。
翠達が触らないように、壊さないように、慎重に避けてきた置物の大半が、ほぼ原型をとどめない
ほど荒らされていた。
そして翠が、窓のその先に見えたのは、『巨大な柱が、何本も動いている光景』
思わず翠は廊下に飛び出て、柱が動いている様子を確認する。
既に廊下には大勢の貴族や王族がウロウロしていたが、翠に構っている余裕はない様子。
あちこちから「兵士はまだか!!」「兵士はまだなの?!」という声が聞こえる。
王子からのお達しが、逆効果を招いてしまった様子。
そして翠は、見てしまった。柱が『一箇所に集まっている部分』を
そこにあったのは、『黒い胴長の塊』 しかもその塊は、柱よりも激しく動いている。
ビグびくと動くその塊に、翠は吐き気を感じる。
まるで、『自分よりも巨大な生き物と出くわしてしまった小動物』になった気分になる翠。
塊から伸びている柱は、器用に城を掴みながら、塊を動かしている。
その動きを見て、翠はようやく『柱』や『塊』が何なのかを理解した。
(まさか・・・あの太い柱が『足』で、塊は『胴体』ってこと・・・?!!
いやいやいやいや!!!
こんな大きさのモンスターがこの国に生息してる話なんて、一度も聞かなかったよ!!!)
翠の脳内は、目に映る光景をどうにか否定しようと躍起になっていた。
しかし、どう考え方を変えても、結局は『足』と『胴体』で考えがまとまってしまう。
そうこうしている間にも、その謎の生物は城の外壁をグルグルと回っている。
城はミシミシと鈍い音をたてながら、必死にその形を維持していた。
「ミドリ!!! ミドリさん!!!」
呆然とその光景を見つめている翠の背中を叩くグルオフ。それでようやく、翠は我に帰った。
このままじっとしているわけにはいかない、城は今にも倒壊寸前。
もう既に、城外へ逃げようとしている貴族もいる。
「とりあえず、僕とクレンで王様を運びますから、3人はグルオフと一緒に逃げて!!」
部屋の後ろでは、クレンとリータが、2人で王の肩を持ち上げていた。
王はもう自力で立ち上がる事すらできない様子で、男性2人の力でも、かなり四苦八苦している。
リータの言うとおり、先に脱出できる人は脱出しないと、一緒に潰れてしまうかもしれない。
とりあえず、翠・ラーコ・ザクロ・グルオフは、この場から急いで脱出する事に。
まだ揺れている床を頑張って踏みしめながら、4人は階段を駆け降りる。
階段にも窓ガラスの破片が散乱していた為、グルオフが怪我をしないように、ラーコは彼を背負い、2人以外の遠征組が先陣をきる。
途中で何度もこけそうになったのを堪えながらも、頑張って階を降りていく翠たち。
後ろにいる筈のクレンたちが気になるものの、今は早く城から脱出するのが先決。
リータが翠たち4人を先に逃したのは、3人が遠征組で一番の戦力。
そして、グルオフは、自分達の『可能性そのもの』
リータも、しっかり考えた上で、先に逃げる仲間を選んでいたのだ。
逃げながらそれに気づいた翠は、後ろ髪を引かれる気持ちを、吹っ切ることができた。
今の翠たちの心境は、『度肝を抜かれた』とも言えず、『出鼻をくじかれた』とも言えない。
当初の目的である、『偽・王家の拘束』から大きく反れた、とんでもない異常事態に巻き込まれてし
まったのだから。
あまりにもピッタリすぎる『不幸なタイミング』
だが、この異常事態の方が今は重要。ある意味追うよりも恐ろしい存在に襲われているのだから。
(王様の様子から察すると、あのでっかい化け物は、絶対王様の仕業じゃないよね。
でも、あんな化け物が自然のなかで生きられるわけもない。生きてたら絶対世界で問題視されてる
筈でしょ。
___というか、相手の目的が全然分からない。敵なのか、味方なのかも分からない。
どっちもありえるけど、それにしては・・・・・)
4階・3階・・・と、着実に下へ降りていく翠たち。
城の外壁からは亀裂が走り、天井を支えている柱も何本か既に折れている。
先程まで立派な佇まいだった場所が、派手に破壊されている光景は、誰でも恐ろしく感じる。
翠たちは、そんな気持ちを抑えつつ、頑張って階段を降りていく。
だが、もうすぐ1階へ着きそうになるタイミングで、頭上から『ドゴォォォォォ!!!』という
『何かが折れる音』が、王都中に響きわたる。
そして、翠が窓枠から見たものは・・・・・