1・事の顛末が起こったのは ある蒸し暑い夏の事・・・
『ヒーラー』となった彼女。かつての名は『玉端 翠』だった。
17歳の、青春真っ盛りな年頃ではあるが、翠を含めた39人の高校生達は、『自分達の死』を実感していた。
きっかけは、二年生になると行われる、『夏の林間学校』
その宿泊所がある山奥へと向かう為、ついさっきまで、翠達は大型バスに乗っていた。
翠のクラスである『1組』は、他の『2組』『3組』を後ろに引き連れ、一番前で走行していた。
「おーい! お前達ー!
着いたらちゃんと静かにしてるんだぞー!」
修学旅行以外で、友達と外でお泊まりができる・・・という事もあり、クラスメイト達は全員賑わっていた。
翠が通っていた学校では、二年生になると必ず林間学校に参加するのが、学校としての『行事』である。
林間学校で主に行うのは、
宿泊所近くにある体育館で、他の高校の生徒と協力する『合同体育』
森を歩きながら体力を鍛える『山道ウォーキング』
キャンプ場でカレーを作る『屋外調理』
その日は天気にも恵まれ、クラスメイト達のテンションは最高潮であった。
・・・だが内心、電波が悪い為、インターネットが思うように使えなかったり、コンビニなんて近くになかったり・・・で、愚痴をボロボロ溢している生徒もいる。
そんな気持ちを払拭すべく、あえて皆はテンションを上げていたのだ。そうでもしないとやってられない。
今の若者は、『インターネット』と一緒ではないと生活できないのだ。
学校側としては、『インターネットがなくても楽しめる時間を作ろう!』という方針があるのだが、
今は何でも『インターネット』があれば解決できる時代。
『勉強』も
『ショッピング』も
『娯楽』も
『音楽』も
『読書』も
わざわざ色々な道具を買って揃えなくても、『インターネット』や『スマホ・タブレット』一つで全てが賄える。
しかし、林間学校の際には、学校でも授業で使われる『タブレット』の使用制限は限られている為、単なる『鉄の板』と同じ扱いになっている。
使える機能といえば、『電卓』か『メモ』くらい。
今は学校の関係者も、タブレットやパソコンで『生徒の成績』や『学級連絡』を作成する時代。
ネットが使えなくて困っているのは、生徒だけではないのだ。
「・・・ん? どうした玉端?
酔ったのか?」
「・・・いいえ・・・別に。」
先生の隣の席、あまり生徒達からは人気でない席に座らされた翠。
別に翠がそこを指名したわけではない、残った席がそこしかなかったから座っただけ。
仲良しのグループは、固まれるように後ろを確保している。
前列にいるのは、翠のような『一匹狼』タイプのみ。
だから、後ろの方はキャッキャと騒がしいのに、前列は妙に静かだった。
先生が翠に話しかけたのは、彼女の顔が『不機嫌そう』だったから。
そう、この環境が一番耐え難かったのは、『インターネット』で毎日『ゲーム』を満喫している翠だった。
インターネットに繋がなくてもゲームはできるのだが、やはり他のプレイヤーのプレイ状況や、ゲームに関するSNSが見られないのは、ゲームとしての魅力が半減してしまうのと同じ。
昔のゲームは、インターネットと繋がないのが基本だったのだが、ゲームの進化は『インターネット必須』という条件に縛られてしまったのだ。
翠は特に何もする事もなく、ボーッと窓の外を眺めていた。それしかする事がなかったのだ。
しかし、見えてくるのは何処を見ても森・山・崖・・・ばかり。
もう『森』なんてレベルではない、『森』『森』『森』、ひたすら『緑』
時折見えてくる『茶色』は、地面が剥き出しになっている『崖』
今はまだ紅葉の季節でもない為、木々は鮮やかなくらい青々としている。
最初はその景色に見惚れていた翠だったが、やはりその景色がずーっと続いてしまうと、どうしても飽きてしまう。
翠はため息をつきながら、今日と明日続く林間学校が、憂鬱で仕方なかった。
林間学校のイベントが嫌なわけではない。
数日間、何かといちゃもんをつけられ、クラス全体から馬鹿にされるのが嫌なだけ。
そして、翠のため息をたまたま聞いた 後方席グループの生徒が、翠を捲し立てる。
「ねーねー! せっかくだからクラス全員で盛り上がろうよー!」
「えー?! そんなの玉端さんに求めちゃいけないってばー!
だって玉端さんは、『ゲーム』にしか興味がない
『オタク』だからー!!」
「キャハハハハハ!!」と笑う後方席のカースト上位生徒の女子。
手を叩いてゲラゲラと笑うその姿は、まるで『サル』の様だった。
だが、こんな嫌味な事を言われるのはいつもの事だったので、翠は意に返さない。
このクラスでは、いつの頃からか、『ゲーム好き・オタク=かっこ悪い』という感覚が定着していたから。
だが、翠の態度を見た先生までもが、彼女に対してこんな言葉を投げつけた。
「玉端・・・たまにはクラスの生徒と楽しくするのも、良い勉強になると思うよ、先生は。
いつもそうやって馬鹿にされてばかりで、後々問題になって一番困るのは自分自身なんだぞ。」
「・・・・・・・・・・」
『先生』も『一人の人間』
『一人の人間』が、『何十人もの生徒』を引率するなんて、無理に等しい話。
だからこそ、生徒全員に気が利いた言葉をかけてあげられないのも、多少の納得はできる。
しかし、先生が翠に投げつけた言葉は、『偏見』と『独断』に塗れた『自分本位な意見』でしかなく、翠の心に届かない。
翠は別に、『楽しくしたくない』わけではない。
ただ単に、『自分』と『相手』との価値観等が合わないから、相手にしていないだけ。
例えるなら、『ラーメンが好きな友人』のラーメン談を、『そこまでラーメンが好きでもない自分』が、話を合わせようとしても、逆に面倒になるだけ。
翠にだって、『友達を選ぶ権利』くらいある。
しかし、『誰とでも仲良くしなければいけない』という考えを持っている人もいる。
実際、そんなのは無理な話なのだが・・・