174・変わり果てた姿
階段を登って登って、ようやく終わりが見え始めた頃には、既にリータは息切れを起こしている。
緊張と階段の負荷で、もうヘトヘトになっていた。
そこで、突撃は翠とザクロが、逃げ道の阻止はクレン・ラーコ・他の遠征組が担当。
リータはグルオフと共に、人目のつかない場所に隠れる事に。
まだ部屋の中がどうなっているのかも分からない、何か罠があるかもしれない。
その時のために、戦力はなるべく少しずつ使っていく。
一気に全部投入したら、後がないかもしれない。
翠とザクロは、用意された布で顔を覆い隠し、武器を利き手に、ドアノブをもう片方の手で握る。
ひんやりと冷たいドアノブを、翠はゆっくりと捻る。音を立てないように。
現在時刻は、もう真夜中。さすがにこの時間に起きている事はない。
_____と思っていたのだが
キィィィィィィィィィィ・・・・・
「ひぃぃ!!!」
「うっ?!!」
翠は焦って、ドアノブから手を離した。
彼女は細心の注意を払って、音を極力立てないようにドアノブを回した。
だが、城の中が静寂に包まれているからなのか、ノブが回った微かな音に、中にいる誰かは気づい
た 様子。
だがその後、室内からは何の音も声もしない。
中からドアが開ける事もなければ、大声でドアの向こうにいる翠達に呼びかける事もない。
これには翠も首を傾げたが、相手がもう翠達の気配を察したのはほぼ確実。
翠とザクロは意を決して、勢いよくドアを開ける。そして、すかさず武器を構えた。
「__________???」「__________???」
中にいると思っていた部屋の主が、何故か何処にもいない。
翠達は焦った。もしかしたら、『隠し通路』から別の部屋に逃げたのかもしれない。
2人は焦って、部屋を散策する。
だが、その部屋は、国の長が住んでいるようには見えない、まるで『片付けのできない子供の部屋』
あっちこっちに散乱している物の種類も乱雑。
使い古したペンから、高そうな宝石がはめ込まれている指輪も。
散乱している物のなかには、バラバラに壊れている物もある。
散らかっている物も揃って高そうな物ばかりな為、一周回って(勿体無い!!!)と感じる翠。
大きなテーブルの上には、いつ飲んだのかも分からないくらいの異臭を放つワインボトルが、何十
本も放置されている。
よく見ると、飲みかけのボトルも数本あり、中身が床に溢れ、高そうなフワフワのカーペットが真っ赤に染められていた。
カーテンはほぼ閉めきられ、棚や椅子には埃が乗っている。
クローゼットも開けっぱなしなのだが、中の服を取り出した形跡はない。
壁に設置されている洗面台からは、ワインボトル以上の異臭が漂う。
翠は部屋の壮絶な臭いに耐えられず、思わず吐きそうになる。
ザクロもそれは同じ様子で、カーテンを開けて窓を開けようとしたのだが、翠が止めた。
もしかしたら、窓に何らかの仕掛けがあるかもしれない、空いた窓から逃げだすかもしれない。
部屋の外で待っているクレン・ラーコの2人も、部屋の異臭に耐えられず、布で口元を覆う。
(___本当に此処が、『王の寝室』なの?! 信じられない!!
というか、普通の人間もモンスターも、こんな場所で寝れるわけないじゃん!!!)
部屋の異臭はとんでもないが、部屋の中に飾られている家具や、あちこちに散らばる宝石や装飾品
からして、明らかに『位の高い人物の部屋』なのは分かる。
だが、それにしてはあまりにも、部屋が不潔すぎる。
(___もしかして、部屋にお手伝いさんとかを入れないのかな?
でも、そうだとしてもこれは・・・・・)
「いたぞ!!!」
ザクロは、小声で翠を呼ぶ。ザクロが指差した場所にあるのは、大きなベッド。
だが、ベッドもベッドで相当な荒れ具合。
シーツはしわくちゃ、あちこちに何かの染みが点々とある。
何の染みなのかは、2人とも考えたくなかった。
そして、ベッドの奥で、『ブルブルと震える布団の塊』 恐らくその中に、部屋の主がいるのだ。
だが翠もザクロも、無理矢理布団を剥がさない。主の様子が、明らかにおかしいのだ。
部屋の中だけでも異常なのだが、主もおかしい。
尋常ではない様子で、ブツブツと何かを呟いている。
翠とザクロが顔を見合わせ、どうしようか迷っていると、待機していたリータとグルオフが部屋の
中へ来た。
2人のただならぬ様子を見て、クレンとリータが待機していたグルオフたちを呼んだのだ。
異質な部屋と、異質な主。にも関わらず、グルオフだけが冷静だった。
リータもこの惨状には動揺を隠せない様子で、剣の柄を握りっぱなしで固まっている。
グルオフは、震えている部屋の主人の顔がよく見えるように、ベッドの側面に立つ。
彼の気配を察したのか、部屋の主は、ゆっくりとグルオフに顔を向ける。
その顔を、翠達も拝見したのだが、その顔は部屋以上に悲惨だった。
その男の着ている衣服は高そうなのに、全身や顔はまるで『浮浪者』
ボサボサの髪からは頭垢がボロボロと溢れ、目の下は真っ黒に凹んでいる。
まるで竹のような細い手足は、しわがれてクシャクシャ。
口元からはサンタクロースを思わせるような、もっさりした髭が伸びっぱなし。
半開きになっている口から見える僅かな歯は、黄色く変色していた。
グルオフ達を見た男は、呆然とした顔をしながら、口からポツポツと言葉を漏らす。