王子の野望の先(1)
「はぁー・・・・・
ここまで本当に長かった。
儀式の方法は判明したのに、『材料』がかなり困難だったな。
___でもまぁ、途中で『38個』も一気に手に入ったから、予定よりもだいぶ早く完成しそう。」
センタリック王子は、城の地下へ続く階段を、ゆっくりと降りていく。
ライトを片手に、一段ずつ、ゆっくりと。こんな場所で滑ってしまっては、転ぶだけでは済まない。
延々と続く螺旋階段の先は、まさに『王子だけの城』
この地下階段自体は、国王や兵士でも周知している。
だがその先にあるものは、王子しか知らない。
地下階段を降りる事自体がかなりタブーになっており、一段でも踏み入れた者は、すぐさま処刑さ
れる決まりになっている。
実際、この地下階段の先に興味を向けた結果、その場で心臓を貫かれた貴族や兵士は数知れず。
だが、それを決して、誰も(理不尽だ!!)とは思わない。
何故なら兵士も貴族も、王子に心酔しているから。疑問に思う事すらできないのだ。
かつてこの地下階段の先には、この国を支えてきた『魔術師の儀式部屋』があったのだが、国が安
定した頃には、とりあえず物を押し込める『倉庫』になっていた。
治安が良くなってくると、危険を伴う儀式を実行する必要がなくなり、魔術師が『国の重鎮』ではなく、『民』に尽くすようになった。
かつては魔術師が召喚したモンスターを、相手国にけしかけ、戦況を有利にすすめた事も。
国内の争いにも、召喚されたモンスターは使われていたが、必ずしも、召喚したモンスターを完璧に扱えるわけではなかった。
儀式の失敗により、命を落としてしまった魔術師は数知れず。
そして、儀式の失敗によってもたらされる悲劇は、人の命にとどまらない時もあった。
だから魔術師界隈のタブーにも、『儀式』は絶対NG。
『ハイ リスク・ハイ リターン』なら、まだ儀式にも可能性があるのかもしれない。
だがこの件は、完全に『ハイ リスク・ロー リターン』なのだ。
いくら名声や地位が欲しくても、命がなければ意味がない。
ましてや、『覚醒者ではない魔術師』も、かつては城に多く在籍していた。
そんな彼らが、不確実で確証もない儀式に、全身全霊を打ち込むのは、馬鹿げている。
かつて、まだ国はおろか、魔術そのものが設立されていなかった時代には、この地下室で魔術の研
究が行われていた。
そんな歴史の深い場所も、国や魔術が確立されれば、研究の意味を成さない。
だが、センタリック王子には、この地下は絶好の『研究場所』だった。
使用人はおろか、貴族でもこの場所には滅多に近寄らない。
しかも部屋の中には、かつて使われていた魔術道具が放置されたまま。
人目につかない、道具も一式揃っている。
これほど良い場所を手に入れてしまっては、王子の研究も捗ってしまう。
王子以外の人間がこの場所に寄り付かないのは、埃と煤だらけの場所だから・近づくこと自体がタ
ブーだから・・・という事もある。
だが、やはり怪しい儀式が執り行われた部屋というのは、事情を知らなくても危険視する。
王子はその部屋を、たった1人で片付け、たった1人で改造した。
しかも、それは生半可な仕上がりではない。
プロの大工でも驚くほど、地下部屋は研究施設として豪勢になった。
この所業を、両親である国王も知らない。
というより、息子が圧力をかけて、知られないようにしているのだ。
「この部屋、使わせてもらうよ」と、王子が一言言うだけで、誰もそこへは立ち寄らない。
それが良心であっても、王子は容赦がないのだ。
実質、この国の実権を握っているのは、センタリック王子。
彼の帝王学・経済学・貿易ノウハウ等は、国一つをまとめるのに十分な実力である。
だが彼の場合、その才能が『悪魔的』なのだ。
まるで未来が見ているかのような判断力と、人だけではなく、モンスターの心までわし摑みにして
しまう程のカリスマ性。
彼の恐ろしすぎる実力なら、両親を丸め込む事すら安易にできる。
そして、実質的な支配を王子が担っている事に、誰も反論しない。
王都の中だけではなく、今この国がかなり混沌としている状況に関しても、王子を睨む貴族や王族はほぼいない。
むしろ、何の関与もしていない王や妃に、あれやこれやと冷たい噂を流している。
おかげで王や妃は、何もしていないにも関わらず、周りから身に覚えのない野次を飛ばされ、何かあればすぐ自分達のせいにされる。
王と妃だけである、王子の恐ろしすぎる支配力に気づいているのは。
だが、誰に言っても信じてもらえるわけもなく。
息子と周囲に怯えながらの生活にも、そろそろ限界が来ている。
あれだけ執着していた『王座』が、今となっては『自分達を追い詰める存在』になってしまった。
最近の王・妃は、自室から出る事もなくなった。食事も自分達の部屋で済ませている。
昔は頻繁に貴族や王族を誘い、酒盛りをしていたのだが。
今では酒の一滴も飲めない王と妃に、周囲は薄ら笑いを浮かべている。
前は成人男性の三倍くらい大きかった王の体は、ここ数日でだいぶその脂肪が消えていった。
食事すらもまともに食べなくなった王は、すっかり痩せこけた。
目は窪み、風呂にもしっかり入っていないのか、髪は羊のごとくボサボサに。
しかも、王の劇的な変化に、周囲は気づいていない。使用人等でさえも。
妃は、前の倍以上の香水を、自分の部屋に撒き散らしている。
こうすれば、少しでも気が紛れるのだろう。
だがそのせいで、妃の部屋周辺は、使用人以外の人間が通る事はなくなった。
人間だけではない、貴族が飼っていた猫も、妃の部屋に威嚇をしている。匂いがきついのだ。
そんな状態の人間に、この国の命運は任せられない。
だから余計に、周囲はセンタリック王子を頼る。
それをいい事に、王子は傍若無人に振る舞う。
周囲の『盲信者』は、彼に何をされようが、急に理不尽な罰を受けようが、かまわない風潮にある。
この狂った環境を、王子は意図的に創りあげた。全ては、彼の『悲願』のため。
その為なら、何だって犠牲にできる。彼の野望は、幼い頃からずっと心の中にあった。
そう、『一般人には手の届かない世界』