167・もう『手加減』する気も失せた
「_____ミドリ、ごめん。」
「リータ? もう大丈夫なの?」
「うん、『町長の弟』として、もっとしっかりしないと・・・」
「_____気持ちはわかるけど。」
翠が目を向けた場所に佇む、かつてチータと彼の兄が暮らしていた屋敷。
翠が初めてドロップ町に来た頃も、だいぶボロボロだった印象だったが、窓ガラスや窓が破られた屋敷は、もはや人が住むのが難しい。
他の家々は、掃除や補強でまだ住めるが、この屋敷に関しては、完全に取り壊さないといけない状
態まで踏み荒らされていた。
まるで憂さ晴らしをするかのような破壊具合は、リータに更なる追い打ちをかける。
ドアも金具ごと壊され、家の柱のあちこちには、刃物で切られた跡もある。
キッチンに関しては、誰かが料理した挙句、放置されて虫が漂っている皿の山まであった。
屋敷のなかにあった家具の半分は消え、残っている家具も案の定破壊されている。
そして、2人を救った地下室も、見事に『本の山』を化していた。
リータは真っ先に、自分の部屋へと入る。
だが、そこにあったのは、ボロボロにされた家具と、クシャクシャになったベッドだけ。
リータはそのベッドに顔を埋め、ズタズタに刻まれてしまった枕を抱きしめる。
彼を見ていられなくなったクレンとラーコは、翠達と合流して、何が残残っているかを調べる。
地下室に山積みにされた本は、どれもこれも貴重な資料である。
魔術に関してのイロハだったり、魔術の歴史が初心者でも分かりやすく解説された本も。
何故からその本の山は、この町を作り上げたドロップが集めたもの。何かしらの値打ちがつく筈。
それらから推察すると、町を荒らした犯人が、王都か派遣された兵士である事が想像できる。
何故なら兵士達の目的は、あくまで『覚醒者』
だから、『歴史的に価値のある物』には、手をつけない。
盗賊だとしても、本の値打ちが分からないから、放置した可能性も零(0)ではないが・・・
それでも、許されない事は確かである。
いつかこのドロップ町に戻ってくるであろうリータの兄達からすれば、酷い『追い討ち』
リータが布団の中で泣き叫ぶのも頷ける。
この町を設立したドロップに対しても、彼らは泥を塗ったのだ。
ドロップの子孫であるリータが、一番ショックを抱えている。
この事実をどう兄に伝えるか、リータは泣きながらも、必死に頭をフル回転させていた。
兄が人一倍、この町を愛していたのは、リータがよく知っている。
だからこそ、この現状を、言わない方が兄の為なのか、それとも正直に話した方が兄の為なのか。
もちろんリータは、この現状に目を塞ぎたかった。
だが、塞いではいけない。それがドロップの子孫としての務め。
・・・そう心に刻んでいても、なかなか頭が上げられない。
一緒に兄と過ごしていた時間も、世界も、何もかもが踏み躙られた気持ちに陥っているリータ。
「___とりあえず、此処で一休みできそうだけど・・・・・
クレン、リータはまだ駄目そう?」
「あぁ、今は姉さんがついてるけど・・・・・」
「やっぱり場所を変えるべきかな?」
「でも時間的に考えると・・・・・」
翠とクレンが真上を見上げると、もう既に空が赤く染まり始めている。
ドロップ町の被害を確認している間に、かなり時間が経過してしまった。
リータも自分の部屋から出られるような状況にもなく、翠達も心苦しいものの、今夜はこの町に一
泊する事に。
幸い、まだ色々と道具が残っている為、精のつく凝った料理も作れそうである。
「私、ちょっとそこら辺の森に行って、お肉になりそうな動物探してくる!」
「あ、俺も行く!!」
「___じゃあ自分は何を作ろうかな・・・?
スープもいいけど、やっぱりシンプルに焼いた方が、肉は食べ応えがあるよな。」
クレンが調理器具を色々準備している間に、屋敷からようやく出てきたのは、ラーコとグルオフに
先導されるリータ。
グルオフの顔も相当暗い。段々と見えてくる偽・王家の素顔が、もはや『魔王』レベル。
RPGなら、よく『魔王が世界を脅かす』というシチュエーションが定番。
だが、この世界には魔王がいない代わりに、人間の欲望がとんでもなく恐ろしい。
(やっぱり、本当に恐ろしいのは、『人間』って事かな・・・?
人間よりも、里に住んでいるモンスターの方が、この国の事を真剣に考えているくらいだもん。)
「ミドリィ!! そっちにウサギが走ってった!!」
「えぇ?!!」
ドロップ町の近くで、ワーワー言いながら野生動物を狩る翠とザクロ。
町の周辺には、そこまで被害は及んでいなかった為、野生動物やモンスターと普通に遭遇した。
改めて野良モンスターと戦った翠は、リータを仲間にした頃とは明らかに強くなっている。
何故なら、もうヘルハウンド複数匹を、たった1人で相手にしても、傷ひとつ負わない。
その軽やかな杖捌きと、一心不乱に敵へ向かっていく勢いを見たヘルハウンド達は、尻尾を巻いて
逃げてしまう。
情けない声をあげるヘルハウンドだが、翠はまだまだ戦い足りない。
そんな翠を抑制するのも、お手のものになってしまったザクロであった。