166・踏み荒らされたのは『町』だけではない
「何・・・コレ・・・・・」
「これは・・・酷い・・・・・」
目の前の状況に、一番ショックを受けているのは、リータだった。
彼はその場に崩れおち、冷たい地面に頭を叩きつける。そして、言葉にならない声を発していた。
クレンとラーコは、リータの背中を摩りながら、彼が落ち着くまで待ってあげる。
翠一行が立ち寄ったのは、かつてリータや彼の兄が住んでいたドロップ町。
リータの兄達は、里へ逃げこむ事ができたが、明らかに町の住民全員ではなかった。
町長の弟であるリータも、それをずっと不安に思っていたのだ。
だから、王都に行く前に、町の状況と、住民の安否確認をしようとしたのだが・・・・・
「こんな・・・こんな・・・うぅうううぅう・・・・・」
リータは、悔しさと悲しさを滲ませながら、ただただ地面に嗚咽を漏らしていた。
その姿を見ていられない遠征メンバーも、一緒に涙を流している。
ドロップ町とは無関係な里の住民ですら、この凄惨な光景には、心を痛めていた。
容赦なく荒らされた町は、住んでくれる住民を失い、寂しそうに佇む。
廃墟になってから数年は経過していそうな外観だが、ほんの少し前まで、リータの兄達はこの町で平
穏に過ごしていた。
それを、偽・王家は簡単にぶち壊してしまったのだ。
無情に打ちこわし、踏み込み、荒らされた。
怒りよりも虚しさが勝るこの光景に、全員が言葉を失うのも当然だ。
『作るのは至難の業 しかし壊すのは一時』という、かつて本で見た言葉を思い出し
た翠は、やるせない気持ちが増していく。
確かにその言葉の通りなのだが、そんな言葉では片付けられないくらい、酷い有様だ。
作る為の努力も、維持する努力も、破壊されると簡単に水の泡。
リータや彼の兄だけではない、町の住民全員を嘲笑うような偽・王家の所業は、許せない。
一体どれだけ敵をつくれば、彼らは自分達が忌み嫌われていると自覚するのか。
もうここまでされてしまっては、彼らが周囲の気持ちに気づく事は、無いに等しいのかもしれない。
リータはクレン・ラーコ・グルオフに任せ、ザクロと翠は、先に町を探索してみる。
まだ、町に住民が残っている可能性も、零ではないから。
___いや、(いるかもしれない)という『希望』を持ちたかったから。
「___まるで災害が起きた後みたい。ザクロ、足元気をつけてね。」
「リータの兄には、何て言えば・・・・・」
「詳しく言うより、「荒らされてました」って言った方がいいかもね。」
「___それで納得してくれるだろうか?」
「納得しなかったら、その時に詳細を語ればいいよ。」
家々の周りに散らばるガラスの破片を避けて歩くのは、不可能に近い。
ほぼ全ての家の窓が破壊されている為、地面がまるで『針山』のようにも見える。
ペキ・・・ペキ・・・と、2人が歩くたびに、破片が割れる音が町に響いている。
窓だけではなくドアも破壊され、家の中を普通に覗ける。
2人が一軒一軒家の中を覗くと、ほぼ全ての家の中には、まだ家財が残っていた。
クローゼットの中には、新品に近い服がいくつも入ったまま。
調理器具はあちこちに散乱して、子供の使っていたおもちゃが、寂しく床に転がっている。
一軒一軒に声をかけ、人がいないか確認する2人だが、全く反応がない。
リータの兄達は、相当焦って避難したのだろう。
生活していた人々が突然消えたような、町だけ時が止まったような光景が、余計に虚しい。
ベッドや調理器具もそのままの状態、まだ使える物ばかり。
翠が試しに、ベッドの上を杖で突いてみると、そんなに埃が散乱しない。
だが、家の中にあった『貴金属』や『お金』は、どの家でもほぼ無い状態。
緊急事態になると、お金を持たずに、一目散にその場から去ってしまうのは仕方ない。
しかし、不自然なくらい、どの家にもお金になるような物が1つもない。
翠達は当然、そんなの盗る気はない。
もし残っていたら、里に避難してきた人に渡すつもりで、家家を散策しているのだ。
だが、不自然すぎる程なくなってている金品は、明らかに『人為的』である。
実際、リータの兄達は、一文無しで里へ避難してきたのだから。
ドロップ町の市場にも人1人おらず、当然お店なんて営業していない。品物すらない。
市場の商品なども根こそぎ盗られていて、商品棚の上にあるものは、埃くらいしかない。
明らかに、これは『略奪行為』
町に押し入った兵士に仕業にしても、後から噂を聞きつけた不届き者の仕業にしても、許されざる行為である。
それだけではない、町を荒らされた挙句、廃墟の如く壊し尽くしている。
これも全て、覚醒者狩りの為だとすれば、もはや狂気するら感じる。
偽・王家は、覚醒者を集めて、一体何をやろうとしているのか。
ろくでもない事なのはもう分かっている、だが、ここまでする意味が分からない。
今まで散々、意味の分からなない現状を目の当たりにしてきた翠達でも、偽・王家関連の意味不明
は、もう懲り懲りだった。
理由や原因がわかってスッキリするならまだしも、偽・王家の意味不明に関しては、説明されても全然納得できない。
町に初めて来たザクロでさえ、苦い顔を隠せなかった。
リータがショックを受ける姿を見たら尚更、この現状を許せなかったのだ。
この町に住んでいた人々も、里の住民と同じく、偽・王家の被害者達である。
住民達がどこへ行ったのか、王都へ連行されたのかは、現段階ではまだ分からない。
翠達にできる事は、里に避難できなかったドロップ町の住民の無事を祈るばかり。
その気持ちとして、散らばっている地面のゴミを、人目のつかない壁際にまとめておく。
せめて住民が帰ってきた時、家にすぐ戻れるように。
残念ながら、もう残っている住民の姿はない。でも、ひと段落ついたら、帰ってきてくれる。
確証はないが、翠はそう思った。
何故なら町の住民は、この町を愛し、この町で生活していたのだから。
その時には、翠達も『後片付け』に参加するつもりである。
住民が全員去り、取り残された町は、住民達の帰りを、静かに待ち望んでいた。
強引に巻き込まれてしまったのは、住民だけではない。彼らをずっと守ってきた、この町もだ。
荒んだこの現状をつくり出しているのが、国の長・・・というのは、もはや世も末である。
偽・王家がこれ以上の暴挙に踏み込んだら、確実にこの国が壊れる。
翠とザクロは、この惨状を見て、息を呑んだ。
もはや、里だけではなく、この国全体がボロボロになってしまうのも、時間の問題。
焦る気持ちを抑える事で、精一杯な2人。恐ろしくて恐ろしくて、仕方ないのだ。
自分達もまた、偽・王家の魔の手で、何もかもが滅茶苦茶にされてしまう恐怖。
「そういえば・・・リータと彼の兄が住んでいた屋敷って・・・どうなってるの??」
「もしかして、アレか?」
ザクロが指差した方向にあったのは、やはり『廃屋』同然に破壊された家。
しかし、周りの家々とは違い、さながら『お化け屋敷』状態になってしまった、リータ達の家。