164・『無知』なる『恐怖』
グルオフとザクロは、一緒になって首を傾けた。
別に2人は、儀式に興味があるだけで、実行には移さない。
だが翠は、曇った顔をしながら、グルオフとザクロに忠告した。
いずれ、この儀式に手を出してしまう危険性も踏まえて、彼女は予め釘を刺しておく。
翠にとってこの儀式は、この世界に呼んでくれたきっかけでもある一方、いろいろな意味で、『絶
対成功するとも言えない儀式』
翠達39名は、転生に成功した。そこまでは良い。
だが現時点で、転生に成功しても、この世界で生き残れたのは・・・
そう、翠は、もうこれ以上、クラスメイトのような犠牲者を増やしてほしくないのだ。
もう2つの世界のギャップに苦しむのも、異世界の問題に首を突っ込むのも、
こんな思いをするのは、自分が『最初』で『最後』になってほしい。
そんな彼女の、切実な願い。
儀式を実行する側から頼られる事自体は、別に構わなかった翠。
しかし、現実はそう甘くもなく、仲間がいなければ、一歩間違えたら命が危うかった。
翠はこの旅路で、何度も何度も命の危機を感じては、自分の強運を『逆に』恨む。
もし誰かが、またこの世界に転生してきたら、翠のように上手く事が運ぶ保証なんてない。
上手くいったのが翠だけでも、運が良い方である。
何故ならもう、一緒に転生したクラスメイト『38名』は・・・・・
「_____多分、私と一緒に転生したクラスメイト達は、もう・・・・・」
「___あ、そっか。ミドリさん1人が転生したわけじゃなかったですね。」
「私もね、この世界に来た当初は、適当に過ごしていても、幸せな毎日が送れる・・・と思ってた。
「転生して手に入れたこの力さえあれば、どんな強敵にも立ち向かえる!!」
って。当時は本気で思ってたの。
でも、この世界もこの世界で、そんなに甘いものじゃなかった。
___というか、この世界の場合、『闇が丸見え』だった。
私が転生する前の世界にも闇はあったけど、都市伝説レベル・・・というか。
とにかく、現実的ではなかったの。
でもこの世界の闇は、なんかもう・・・・・
『触れられる闇』・・・というか。」
「_____すみません、ミドリさん。」
「いやいや、グルオフが謝ることじゃないよ!!
___まぁ、アレだ。
どんな事情があるにしても、いきなり別の世界に転生しても、やっぱり怖いものは怖いし、不安な
のは不安。
そんな思いをするのは、私で最後にしてほしいんだ。
グルオフやザクロも、急に別の世界に転生して、文化とか価値観とか、何もかも分からない状況で
生きられる?」
「_______」 「_______」
2人は顔を見合わせて、考え込んだ。
翠自身、転生したことに関しては、そこまで恨んでいない。
むしろ、転生させてくれた事に感謝している。
この世界では、前の世界では学べなかった事が色々とあった。
危険な目に遭うことも、勉強の一つとして受け止められる。
それくらい、この世界は魅力に溢れていた。
偽・王家に関しては腐りきっているけれど、それに抗おうとする人々やモンスターの姿は、翠をよ
り一層強くさせた。
仲間と頑張ることも、一緒に危機を乗り越えることも、翠にとってはかけがえのない思い出である。
だからこそ、翠は偽・王家に立ち向かっているのだ。
違う世界から人を持ってくるような事態に、もうしない為に。
転生した全員が、幸せになったわけではない、幸せになる『保証』を受けたわけでもない。
今回転生したのは、翠も含めると『39名』
その全員が、この国の歴史の転機に立ち会えるわけではない。
翠はもう、クラスメイトとの再会は、薄々諦めているのだ。
「私も含めて、一緒に転生した人達はね、色々と『純粋すぎる』
だから、偽・王家の言葉なんて、疑うこともしない。
彼らに甘い言葉をかけられたら・・・・・」
「_____」「_____」
39人が転生に成功したにも関わらず、翠以外の38名は消息不明のまま。
だが翠は、薄々気づいていた。
38名という大人数が、この国のあちこちを彷徨っているのなら、噂の一つくらいあってもいい。
それが全く無い・・・という事は、38名の覚醒者よりも『大きな力』が関与している。
「___もしかしたら、ミドリさんと一緒に転生した人達は、偽・王家に・・・」
「まだ断定はできないけど、その可能性が高い。
だって私も、クレン達に出会わなかったら、普通について行ったかもしれない。
私達がかつて生きていた世界では、「困っている人を助けるのは当たり前」みたいなしきたりがあ
ったから。
別に、そのしきたりが悪いわけじゃないの。
ただ、相手を選ばずに、救いの手を握ってしまった。それだけの事。
___よく考えてみてよ。
王家が突然この国に迷いこんだ人に、よからぬ事を・・・なんて、普通は想像もしないでしょ?」