17・覚醒者
「・・・ミドリさん。一つ、聞いてもいいですか?」
「何?」
村を出る直前、リンが翠に聞いてきた。
「ミドリさんが『覚醒』したのは、いつの頃なんですか?」
「・・・・・はい?」
「え・・・???」
てんで話が通じない翠とリン。互いに先行きを不安に感じつつも、リンはしっかり説明を加えてくれた。
「自分に合った武器を手にする事で、初めて『経験値』や『技』を入手する事ができるんです。
・・・自分もかつては、覚醒させる為に色々と頑張ったんですけど・・・駄目だったんです。
自分に合った武器を手にした人は、『覚醒者』と呼ばれて、ある程度優遇されるんです。
・・・モンスターでも。」
「・・・・・『モンスターでも』?」
リンの話によると、『覚醒者』は、ある種の
『旅人になる為の資格』でもあり、
『世界中を旅できる特権』でもあるらしい。
でもあるらしい。
町や村を出るからには、当然自分の身を守る力がないといけない。
いざとなれば、同行者の命も背負わなければいけない。
人間よりも優れた力や魔力を持つモンスターの相手をするのは、万人にできる事ではないのだ。
例えそれが、モンスター序列の下位に位置するスライムやゴブリンが相手であっても、ただ武器を振るっているだけでは、その場から立ち去ることすらままならない。
そして、覚醒者は『旅に出る特権』の他に、凶暴化したモンスターから、町や村を守る『義務』も併せ持つ。
「覚醒者は基本的に、モンスターを退治すればお金を手に入れる事ができるので、結構人気な職業なんですよ。
業なん ですよ。
・・・まぁその分、命の危機もあるんですが・・・」
「でしょうね。
ただ・・・やっぱり皆が覚醒者に憧れるのは頷けるかな。」
翠の認識で例えるなら、『覚醒者=NPC以外のキャラ』という感じ。
ゲームを更に盛り上げてくれるキャラだったり、主人公の旅に同行するキャラだったり。
ただ単に、同じ言葉を話すだけのNPCとは違い、自分の意志で行動できる存在。それが覚醒者。
確かに、村や町にずっと居るNPC以外でも、敵側の相手にも『名前』が表示される存在がいたり、
『中ボス』『ボス』という区分がされているモンスターもいる。
それらをまとめて、『覚醒者』と呼ぶのが、新世界の常識。
その話を聞いていた翠は、ちょっとした疑問をリンに聞く。
「『覚醒者』って、誰でもなれるものなの?」
その問いに、リンは首を振った。
「いいえ、例え自分に合った武器を見つけられたとしても、技を習得できるのは極々わずかみたいです
。
例えるなら・・・『料理好き』と『レストランのシェフ』って違うじゃないですか。それと同じです
」
「あぁ・・・何となく分かるかも・・・」
「覚醒者になると、色々と優遇されるんですよ。
宿代とか食費を免除してもらったり、時間外にお店を訪ねても接客してくれるし・・・
・・・だから、王都の方では、『覚醒者を育成する学校』がある・・・って話を聞いた事があります。
」
「・・・いわゆる『公務員』ってやつかな・・・??」
「えっ?」
若干違うものの、翠の認識は、あながち間違っていなかった。
『覚醒者』は、『商人』と並んで得られる収入が多い。
その収入源の殆どは、『モンスター退治・退却の依頼』である。
翠も昨日、色々と買い物や外食をしたおかげで、この世界の『物価』や『需要』について、少しではあるが学ぶ事ができた。
翠が改めて、村の役場近くの、『依頼掲示板』を覗いてみると、確かに1つの依頼を達成して得られる報酬は、昨日の晩、翠が食べたステーキを3食、一週間食べ続けられるくらいの高額。
それを見てしまうと、多くの人が覚醒者に憧れるのも頷ける。
「モンスターも、『覚醒者』になれば少しは優遇されるんですよ。
・・・でも、自分は無理だったんです。」
「・・・・・・・・・・」
翠は、複雑な気持ちになってしまう。
自分が覚醒者の資格を持っている事は、素直に嬉しい。
しかし、覚醒者になれるのかどうかは、リンの話だけでは『運次第』である。
そうなると、当然『理不尽』という考えが生まれてしまう。
『運』なんて、自分で決められるわけでもなければ、誰かに決めてもらえるわけもない。
しかし、その運に賭ける為、頑張っている。だがそれは、言ってしまえば『ギャンブル』に等しい。
可能性が『高い』『低い』なら、まだマシなのかもしれない。
『有る』と『無い』では、絶対的な違いである。
リンの話では、覚醒者になる性別も、種族も、年齢も、出身地も、様々らしい。
それは、一見すると『希望』に見えるのかもしれないが、覚醒者になれない、リン達にとっては、『無理をする理由』になってしまう。
リンに関しては、『それしか希望がない』というのが、余計に理不尽である。
つまりリンは、『運しか希望がない』と言われているようなもの。そして、運がなかった場合、どうなるのかなんて・・・・・
「・・・・・ねぇ・・・」
「はい?」
「もう一度、頑張ってみない?」
「・・・え? 何を?」
「覚醒者になる為の特訓。」
「・・・・・・・・・・
・・・でも・・・」
リンはしばらく考え込んだ。
そして、彼の口からこぼれたのは、『否定』と『疑念』が入り混じった声。
「・・・分かっている、無茶な事なのかもしれないのは、分かってる。
それでも・・・・・
『私』が諦めきれないのよ。」