158・辛いけれど 悔いのない選択を
「___自分は、ミドリが好き。
でも、自分より、ザクロの方が。彼女を幸せにできる筈。
もう既にミドリとザクロは、相性ぴったりだ。そんな間に割り込めるような度胸、自分にはない。
_____最近では、ザクロと一緒にいるミドリを見ているのが楽しみになった・・・というか。
いや、そこまで深い意味はない。
ただ、ザクロにはミドリが必要な事が、一緒にいる光景を見ていれば、何故か分かるんだ。
___いいや、ザクロに対してだけじゃない。ミドリにも、ザクロともっと一緒にいてほしい。
ザクロとミドリには、もっと色んな世界を見て、もっと色んな食べ物を食べて、もっと・・・」
心境を打ち明けるクレンの眼からは、熱い涙が溢れ出ていた。
本人は無自覚だが、止まることなく流れる涙は、握りしめている拳に着地する。
クレンは、自分の心境に、嘘をつきたくはなかった。
『ミドリと一緒にいたい気持ち』と、『ミドリには幸せになってほしい』という気持ちが、里に来
る前は、平行線のまま戦っていた。
しかし、シキオリの里に来て、ザクロに出会ってから、その戦いに、ようやく終止符が打たれようとしている。
クレンにとっては、間違いなく『苦渋の決断』である。
だが、彼の抱える悩みは、『彼自身の問題』ではない。
どんなに好きな相手だとしても、相手は自分とは違う、『他者』
『他者を幸せにする事』は、時として、『一方的』になる事だってある。
そんなクレンが、自分自身で導き出した答えは、『他人行儀』ではあるのかもしれない。
しかし、彼女とザクロが共に過ごす日々を、ずっと隣で見ていたクレンにとっては、それが‘『最良の選択』である事に気づいたのだ。
「___なんか、ごめんなさい。こんな自分勝手な悩みなんて、今抱えるべきじゃないのに・・・」
「__________
そんな事ない。」
ラーコは、弟をギュッと抱きしめてあげる。
彼は一瞬唖然としてしまったが、すぐ姉の方に顔を預けた。
彼の温かい涙が、ラーコの肩に染み込む。火傷しそうなくらい、熱い涙だ。
ラーコは、弟の選択に対し、決して『間違い』とも言わず、『正しい』とも言わなかった。
その選択が、彼の精一杯の決断なら、姉であっても文句はつけられない。
それに、クレンの選択は、あながち間違ってもいない、そうラーコも感じていた。
長い間、クレンはずっと翠の側にいた。そんな彼だからできる決断は、あまりにも優しすぎた。
翠自身がどんな道を歩むかは、まだ分からないものの、クレンは自分の意志を曲げるつもりはない。
だが、『全然悔しくない』とも言い切れない。
クレンは翠の『歴とした古参』として、彼女の隣に居続けたのだ。
古参だからこそ、翠をよく見て、よく理解している。
それもまた、クレンの心を締めつける要因になっていた。
彼女を誰よりも知っているからこそ、辛い決断を下さなければいけない。
「_____クレン、あんたは良い子に育ったよ。」
「___えへへっ、ミドリさんのおかげだね。」
泣きながらも、懸命に笑みをつくるクレン。
彼を抱きしめているラーコには見えないが、彼が相当無理しているのは、体の震えからでも分かる。
彼の『初恋』は、彼らしい形で終わりを告げてしまったが、クレン自身は満足している。
それくらい、沢山の『宝物(思い出)』を、翠からもらったのだ。
「___ふっふっふっ」
「なんで・・・姉さんまで・・・」
クレンの優しさは、姉の心に深く染みこんだ。
ラーコにとっては、クレン成長が、自分の成長にも見えるのだ。
しかし今回の場合、『大人になっていく弟』に、先を越されたような気分になるラーコ。
だが、クレンの複雑な心境は、とても立派である。
『恋』という『盲目的な病』は、時として相手を傷つけたり、取り返しのつかない事態にもなる。
特に、『自分と結ばれるのが当然』と思い込んでいるのが、一番恐ろしい。
例えるなら『ストーカー』である。
「相手には自分が一番相応しい」 「自分以外の恋人なんて、幸せにできる筈がない」
そんな自分勝手な考えは、もはや恋ではない。『支配』や『独占』だ。
本当に相手を思っているのなら、できる事は沢山ある。『親心』と、少し似ているかもしれない。
クレンは、翠の今後を考えた結果、自分ではなく、ザクロにその隣を譲ったのだ。
「クレン、あんたは凄いよ。ちゃんとミドリの幸せを、ずっとずっと考えていたんだもんね。」
「___それが果たして、彼女のためになるのかは、分からないけど。」
「あんたがミドリを思う気持ちは、正真正銘なものよ。もっと胸を張りなさい。」
「姉さんがそう言ってくれるなら・・・」