157・仲間の未来を考えた 少年の決断
「___姉さん。」
「何? お腹空いたの?」
「いや、違うんだ。そうゆう話じゃなくて・・・・・」
突然作業の手を止め、姉を見つめるクレン。
その表情から、只事ではない雰囲気を感じたラーコも、結んでいた縄をもう少し強く結んだ後、弟の隣に座った。
まだ遠征には数日あるが、今日で仕事が終わりそうなら、徹夜してでも続けてしまう。
ザクロの見立てによると、山を抜ける為の道が、安全に通れるようになるまで、あと数日はかかる。
だが、気候の変動によって遅れる可能性もある。
ザクロは遠征を決めたその日から、毎日城壁で道の様子を確認していた。
ザクロの視力なら、かなり遠くの地帯に雪が積もっているか、倒木があるか、すぐ確かめられる。
最近の気候はほぼ安定している為、計画通り、近々遠征ができる。
だからこそ、皆の準備にやる気が出ているのだ。
「___なんか、不思議な感じだよね。
あとちょっとで、この里から離れなくちゃいけない・・・なんてさ。
私達、もうすっかりこの里の一部になっちゃってるし。」
「_____そうだね。」
ラーコの言葉にも、なあなあにしか返事をしてくれないクレン。
いつもなら、何か考え事があっても、彼は人の話はちゃんと聞いている。
そんな彼でも、心に余裕がない心境、姉であるラーコが心配しないわけがない。
「___クレン、今のうちに、言っておきたい事は言っておいた方がいいよ。
大事な事の前に、色々と考えていると、作業に支障が出る。」
「でも・・・・・」
「この遠征は、おふざけじゃないの。
グルオフだけじゃなくて、私達アメニュ一族の行く末が決まる。
そんな大事な仕事に、考え事まで持っていくわけにはいかないでしょ?」
「_____はい。」
ラーコの目は、やはり誤魔化せなかった。
クレンの抱える気持ちが、もう既に彼を引きずっている事も、彼女は見抜いていた。
そして、姉の言う正論に、クレンはタジタジだった。
決して、言うのが恥ずかしかったわけではない。
ただ、この気持ちは、自分の中に留めておきたかったのだ。
だが、それも無理だった。
それくらい、『クレンの下した決断』は、彼の今後に大きく関わる事だった。
「___自分さ、『諦める』事にしたんだ。」
「__________は??? 『諦める』って・・・・・何を??!
事と次第によっては、私がクレンの胸ぐら掴むんですけど??!」
「違うって!!! 今回の作戦には全然関係なくて・・・・・
というか、関係・・・・・あるのかな、分からない。」
「そんなのはどうでもいいから、何を『諦める』の??!」
「_______________
ミドリ。」
「_______________
___それは・・・・・」
「ね、今回の作戦には関係無いでしょ?」
「___作戦には関係無いけど、『あんたの姉』として関係あります!!」
ラーコの堂々とした発言に、クレンは完全に折れてしまう。
確かに、姉であるラーコにとって、『弟がミドリを諦めた』というのは、聞き捨てならない。
元々クレンは、意志が弱いのか、それとも何か考えがあるのか、あまり自分の発言はしない。
そんな彼が、自分で下した決断を打ち明ける・・・なんて、今までにない事。
しかも、まさか打ち明けた内容が、『諦める』事。
予想外すぎる内容ではあるが、気になる事にかわりない。クレンは少し恥ずかしがりながらも、姉に打ち明ける。
その悩みは、以前からずっと、クレンが抱えていた問題だった。
だが、その問題に直面する事もなく、『譲った』のだ。他ならぬ
『ザクロ』に。
ザクロにも、まだクレン自身の気持ち打ち明けていないが、彼なら翠を任せられるのは、里での生
活で歴然だった。
だからこそ、クレンにもスッパリと決心がついたのだ。
ウジウジと悩み続けている自分自身が嫌になったのもあるが、やはり『自分より優れている相手』
を目にすると、色々と考えがまとまる。
クレンの心に溜まったモヤモヤが、里での生活で徐々に消えていった。
自分より優れている相手は、時として『嫉妬』を生んでしまう事もあるが、逆に考えがまとまる時
もある。
特に、相手が純粋だと、もう入り込む隙がない。
『純粋』にそのスポーツを楽しんでいる 『純粋』にそのアイドルを応援している
『純粋』に自分の仕事に誇りを持っている 『純粋』に自分の大切なものを守りたい
『純粋』に恋人が好き
そんな思いを前にすれば、自分の気持ちを疑いたくなる。
共にいる時間を、『純粋』に大切にできるのか 相手を『純粋』に応援できるのか
『純粋』に、相手を誇りに感じているのか 『純粋』に、相手を守れるのか
『純粋』に相手を 翠を
愛することができるのか。
その気持ちが、ザクロに勝っているのか、それとも・・・・・