156・意外と策士は近くにいる
予め翠達にも「なにか欲しいものはない?」と尋ねたグルオフだが、全員で首を横に振った。
今はまだ、それらの事に頭が回らない。作戦の成功は、遠征組の頑張りで決まるのだから。
強いて言うなら、『成功する可能性』と『力』である。
唯一、グルオフの要望に答えたのは意外なことに、ザクロだった。
だが彼の要望は、グルオフの質問の斜め上をいきすぎて、もはやグルオフだけでは、叶えられそうもなかった。
「__________」
「何ですか? やっぱり、まだ決まらなりませんか?
いいんですよ、ゆっくりでも。」
「いや、違う・・・というか・・・・・
俺が欲しいのは、『物』じゃなくて・・・・・」
「いいですよ、言ってみてください!」
ザクロは、深く深呼吸をした後、勇気をふりしぼって言った。
「ミドリと・・・・・・・・・・ずっと一緒にいたい。」
「__________へ???」
思わずグルオフも、口を開けたまま固まってしまう。だが、ザクロは真剣な様子。
普段、自分から欲望を口にする事もなく、仕事の文句も言わないザクロの口から出た願い。
端的ではあるものの、とても純粋で、ザクロの本心をそのまま表現していた。
だが、それだけでは情報不足である。グルオフは、もっと踏み込んで聞いてみる事に。
「えーっと・・・・・
具体的には、どんな事を望んでいるんですか?
例えば・・・・・
『ミドリと一緒に、この里で暮らしたい』とか
『ミドリと一緒に、この国を旅したい』とか。」
「_____そこまでまで考えてない。でも、俺は・・・・・
『自分の宝』を、もう二度と、失いたくないだけ。」
「___『宝』??」
「俺の心に開いた隙間を埋めてくれたのは、ミドリだった。
ミドリが俺に、いつも笑顔を送ってくれた。
どんな時でも、側にいてくれた。もうミドリのいない生活が、考えられないくらい」
「ザクロさん・・・・・」
「親を失った俺に、『本気』で叱ってくれるのも、『本気』で困ってくれるのも、ミドリしかいない
んです。
いつでも遠慮なく、俺の気持ちをぶつけられるのは、ミドリしかいない。
時々ケンカしたり、イライラしたり。でも、そんな時も、俺にとっては大事なんだ。
だから俺は、ミドリとこれからも、ずっと一緒にいたい。
その為なら、どんな苦行だろうと、どんな試練だろうと、乗り越えてみせる。
ミドリが望むなら、世界中を旅してもいい、人間に囲まれた生活でもいい。」
「_____
ザクロさん、僕も、ミドリさんのいない生活は、考えられません。
ミドリさんは本当に凄い人です。だから僕も、これからもずっと彼女と一緒にいたい。
でも、ザクロさんの気持ちは、僕の気持ちとは少し違うようですね。」
「_____???」
「ザクロさんは、ミドリさんが本当に大切なんですね。それ、本人に言えば喜ぶと思いますよ?」
グルオフのその提案に、ザクロはオーバーすぎるくらいのリアクションを見せる。
一瞬考えこんだと思ったら、今度は頭を抱えて悩み、今度は首を左右に勢いよく振る。
その様子が面白くて、グルオフは更にちょっかいをかけてしまう。
彼の純粋すぎる精神は、もしかしたらグルオフよりも低いのかもしれない。
「ミドリさんと一緒に旅をしながら、永住する場所を探すのもいいかもしれませんよ。」
「えぇ?!!
いや・・・だって俺・・・俺は・・・・・
この里を守る・・・・でも・・・・・
んぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・」
グルオフは、ほんの出来心で発言したのだが、ザクロにとっては本気で悩む問題。
確かにグルオフの意見も魅力的である。
だが、ずっとずっと里で生まれ育ったザクロには、あまりにも酷な選択であった。
そんな提案を、サラッと言えてしまうグルオフに、ザクロは彼に恐ろしさすら抱いてしまう。
「_____ザクロさんに、僕ができる一番のアドバイスは
その気持ちをすぐに言わないと、『手遅れ』になってしまうかも
って事ですね。」
「_______________」
「あと、ただ単に「好きです!!!」だけでは弱い気がします。
ミドリさんだったら、『仲間として』受け止めるかもしれませんよ。」
「じゃあ、何て言えば・・・・・」
「そこは、自分で考えた方がいいですよ。でも、僕は応援しますよ。
『結婚式』の経費も、僕が全部出しますから。」
「いっ!!! いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!!
まだそこまでは考えてませんって!!!」
ザクロは顔を真っ赤にさせながら、両手を大きく振る。
彼は知ってしまった、グルオフがとんでもない『策士』である事を。良い意味で。
だが、彼は悟ってしまった。
グルオフの前で、あんまり『自分の秘密』は言わない方がいいかも・・・
と。
だが、グルオフに自分の心境を打ち明けた事に関しては、後悔していないザクロであった。