154・変わりたい でも変わりたくない
「あのさ、翠。
_______________」
「___兄さん?」「どうしたの? クレン」
見回りをしている最中、突然足をとめたクレンに、翠とリータは首をかしげる。
だが、クレンは何も言わぬまま、その場に立ちつくすのみ。
クレンは確かに、何かを言いたげではある。だが、何故か言ってくれない。
いつもとは違う兄の顔色に、リータはだんだん不安になってくる。
「兄さん、ひょっとして・・・具合が悪いんですか?」
「えぇ?!!」
「_______________
___うん、そうなんだ。ちょっと・・・ね。」
「だったらすぐに言ってくださいよ! 城壁のベッドで休みましょう!!」
確かにクレンは、具合が悪かった。だがそれは、『精神的』なもの。
喉も痛くない、熱っぽくもない。だが、すごく苦しいのだ。
何処とは言えない、体も重いし、心も重い。気持ち悪いくらい。
でもクレンには、どうして自分がそんな状態になっているのか、薄々気づいてはいる。
それは、彼がずっと言えずにいる、『これからの事』と、『自分の気持ち』
クレンは、ずっと翠の側に居たい。この一件が終わり、王家が無事に落ち着いた後でも。
これからも彼女と・・・・・だけではなく、いつものメンバーで、ずっと旅を続けていたい。
時にはモンスターとぶつかり、時には野宿先をウロウロと探す。
辛くても、悲しくても、乗り越えてきた5人の旅路。
それが、もうすぐ終わりを告げるのかもしれない。そう思ったクレンは、突然苦しくなったのだ。
確かにこの旅は、楽しい事ばかりではない。命の危機を感じた事も少なくなかった。
だが、それらの思い出も含めて、クレンはこの旅路を、とても愛おしく感じている。
シカノ村で虐げられてきた時代とは全く違う自分と、支え続けてくれた仲間。
それらがだんだん離れていくのが、クレンにとってはとてつもない苦痛なのだ。
しかし、この一件を終えてしまうと、それらが全てなくなってしまいそう。
先が見えないぶん、『将来の不安』というものは、時間が経つとともに重症化してしまうのだ。
その苦しみに耐えきれなくなったクレンは、つい言ってしまいそうになったのだ。
「ずっとミドリと、リータと、一緒にいたいな・・・・・」
と。
だが、今はそんな事も言っていられない。
もう雪解けを終えてすぐに出発する準備を整え始めている。
クレンも翠と共に、先陣組として後陣を引っ張らなくてはいけない。
そんな先人組が止まっていたら、列が前に進まない。
もうこちらには、攻め込むのに十分な戦力も、遠征に必要な食料や素材も簡単に揃えられる。
あとは自分達の頑張りが、今後を大きく左右する。
この戦いの行く末によって、自分達だけではなく、この国の未来も大きく変わる。
そんな大きな戦いを前に、個人的な心境を挟むわけにはいかない。
責任感が強く、仲間のペースを一番に考えているクレンだからこそ、自分の心を隠してしまう。
それが果たして、自分の為なのか、皆の為なのかは、正直クレン自身もわかっていない。
だが、先程クレンが言うのを躊躇ったのは、単に恥ずかしいからではない。
言ってしまうのが怖かったから。
「よっこい・・・しょっと。」
「ごめんな、リータ。」
「別に気にしてませんよ。兄のところへ行って、何か薬を持ってきます。
具体的に具合が悪い場所ってどこですか?」
「いや、単に『寝不足』なだけだ。寝れば体調も良くなるよ。」
「___兄さんこの前、飲んですぐ眠れるようになる『睡眠薬』を開発したみたいなんだけど・・・」
「そこまで俺は重傷じゃないよ。大人しく寝ればいいだけ。
それよりもリータは、ミドリと一緒にまた鬼族の屋敷へ戻ってほしい。
会議の内容を、明日自分に伝えて欲しいんだ。」
「あ、そういえばまだ途中だったっけ・・・」
部屋から出ていったリータは翠と共に屋敷のほうへと戻っていく。
そんな2人を、クレンは窓から見下ろしていた。
2人が仲睦まじく歩く姿も、これから先、ずっと見ていたいクレン。
里に積もった雪が溶けてくると、夜の明るさが徐々に薄れていくのだが、そのかわりに月や星の明
るさが、より際立つようになる。
だんだんと暖かくなる気温は、夜を過ごしやすくさせてくれる。
試しにクレンが窓を開けてみると、どこからともなく迷いこんできた『木々の湿った匂い』を感じ
られる。
もう王都の方では、『春』と『夏』の中間を迎えていた。
吹き抜ける風と匂いと共に、ベッドで横になったクレンは、そのまま数分もしないうちに寝入って
しまう。
その場しのぎに『寝不足』と誤魔化したが、実は本当だった。
クレンもクレンで、里の為に色々と走り回ったせいで、クタクタになっていたのだ。
だが、里がどんどん大きくなる光景を観察していると、どうしても自分を止める事ができない。
まるで『自分の子供』のように、里が大きくなっていくにつれて、感慨深くなる。