16・「〇〇なのに〇〇ができない」
「・・・ねぇ、リン。リンは何処か、行きたい場所とかある?」
「え・・・・・
いえ・・・自分はこの村以外の場所を知らないんですよ。
というか・・・村から出られなくて・・・」
「なんで? それも何かよく分からない『暗黙のルール』的な?」
「いっ、いいえ・・・
そうじゃ・・・なくて・・・」
リンは、モジモジしながらも答えてくれた。
「僕・・・全然戦えないんですよ。」
「・・・・・え?」
思わずキョトンとしてしまう翠。
リンは翠の表情を見て、改めて色々と恥ずかしくなって、フードを深く被って顔を隠してしまう。
エルフといえば、『ナイフ』や『弓矢』で颯爽と体を動かしながら、モンスターと対峙しているイメージを持っていた翠。
しかし、リンは違った様子。
だが、よくよく考えれば、翠は妙に納得してしまう。
旧世界でも、
「散歩が嫌いな犬」だったり、
「『バイク』は運転できるのに『自転車』は乗りこなせないレーサー」だったり、
「○○なのに○○が苦手・できない」というテレビ番組があった。だがそれは、決して特別なわけではない。
実際、翠もゲームは好きなのだが、『ボードゲーム』はからきしダメダメ。
昔からPCには、簡単な『トランプゲーム』が入っている為、翠はよく父のパソコンを借りながら、カードをクリックする度に聞こえる『ペラッ ペラッ』という音が大好きだった。
しかし、その腕前はというと、昔から『下の中』くらいの実力しかない。
アクションゲームやパズルゲーム等では、世界規模の大会でも通用する腕前なのに、何故かボードゲームで勝てた経験は、翠の人生のうちで数回くらいしかないのだ。
しかも、勝てたのはほぼ『CPU』
つまり、『対人戦』で勝てた試しは一度もない。これには翠の両親も、笑えてくるくらいおかしな法則だった。
翠自身も、その原理が分からなすぎて、もうボードゲームに関しては諦めている。
だが、本人からすれば『笑い話』だ。何故なら本人も、そのセンスの無さには笑ってしまうのだ。
『将棋』『囲碁』『ジェンガ』『人生ゲーム』等も、家族と頑張って特訓してもボロ負けしてしまう。
特に翠の母は、ボードゲームになると容赦しなかった為、翠は毎回『負け役』だった。
彼女は運が悪いのか、それとも別の原因があるのか、結局分からないまま転生してしまった。
「・・・その気持ち、分かるかもしれない。」
「・・・へ?」
翠が周囲を見渡していると、仕事の休憩中なのか、おじさん4人げ円陣を組み、『トランプのようなカード』で遊んでいるのが見えた。
カード自体に数字が書かれている為、一見すると旧世界のトランプのようにも見えるのだが、絵柄が明らかに旧世界のものではない。
翠はその4人に指をさしながら、自分はボードゲームが全然できない事を、リンに打ち明けた。
「もう本当、勝てるだけでも奇跡な腕前だったのよ、私。」
「へぇ・・・なんか意外。」
「・・・・・ねぇ、リン。本当に戦えないの?」
「・・・というと?」
「実際に武器を持って戦った事はあるの? あるなら、どんな武器を使って駄目だったの?」
「え・・・えーっと・・・
僕が今までに試した武器は・・・
『弓矢』『ナイフ』『剣』『杖』・・・と・・・後は・・・」
リンは指折りで、扱えなかった武器を思い出しているが、リンの言う通り、彼が武器を扱えないのが、折られている指を見るだけで分かる翠。
「・・・うーん・・・まぁ、いっか。
リン、ちょっと『荷物持ち』として、同行しない?」
「・・・・・え?!」
「どうせこの村にいても、ただ辛くなるだけでしょ?」
「・・・・・・・・・・」
「・・・まぁ、貴方次第だけどね。」
「・・・・・行きます・・・行きます!!
何だってします!! だから同行させてください!!」
「わわわっ! 分かった分かった!!」
翠の提案がよほど嬉しかったのか、一瞬自分の耳を疑ったリンだったが、疑ってから数秒も経たないうちに、首を縦に振りながら翠に詰め寄った。
翠は旧世界でも、こんなに異性からグイグイ来られる事もなかった。
自分の父親以外の異性を、こんなに間近で見る事になるなんて、転生した当時の翠は、考えてもいなかった。
この世界が『乙女ゲーム』なら、まだ可能性はあったのかもしれないが・・・
そもそも、翠は当初、リンを連れて行く事を視野に、旅の支度をしていない。
まだ出会った当初では、『ただのNPC』という感覚だった。しかし、全てが変わったのは、やはりあの晩。
短期間ではあるが、翠の心にも、様々な変化が現れ始めていた。
そして、自分で自分の道を決め、歩める事に、一種の解放感を覚え始めている翠。
何も知らない状況で、色々とアドバイスをしてくれたり、進むべき道を決めてくれるのは、確かにありがたいのかもしれない。
まだ社会の厳しさ等を分かっていたなかった、旧世界の翠やクラスメイト達は、自分の選択を全て『学校』か『親』に頼ってきた。
しかし、それが果たして幸せなのか・・・と言われると、誰も首を動かす事はできないだろう。