150・遅れて到着
翠がザクロを追いかけ、鬼族の屋敷に到着すると、既に里の住民全員が、座って彼女達を待ってい
てくれた。
だが子供達は、眠気に負けてしまったのか、部屋のすみっこで玉になって眠っていた。
とりあえず、子供達は別室に運び、ようやく会議の準備ができた。
グルオフはというと、もう既に『びっしり文字が書かれた紙』を見ながら、深く考えこんでいた。
かなり集中しているのか、話しかけづらい雰囲気を漂わせているグルオフ。
彼を見ていると、ミドリ達も自然と、気持ちが引き締まる。
「ごめんごめん、ちょっと・・・色々あって。」
「待ちくたびれちゃいましたよー」
そう言いながら、リータは集まっている住民達に、お茶を配っていた。
クレンはというと、もう眠気に負けそうな様子で、首をカクカクと上下にふっていた。
彼はその日、姉と特訓をしていた為、疲れ果ててしまったのだ。
だが、姉であるラーコは、まだまだ元気そうに、クレンの背中を強く引っ叩いた。
翠vsザクロの戦いも白熱するが、クレンvsラーコの戦いも、かなりの互角。
火力的にはクレンの方が勝るものの、しっかり状況を理解しながら動くのは、ラーコのほうが上手。
バランスの取れたアメニュ一家の特訓は、翠やザクロでも目を奪われてしまう。
翠とザクロの場合は、互いに高火力をぶつけあう、とにかく迫力がある戦い。
いつの間にか訓練場の丘には、ギャラリーが観覧できる『ベンチ』や『椅子』が設置され、翠とザ
クロが丘に登ると、決まって住民達が一緒になって丘をのぼる。
そして、ひたすら2人の戦いぶりを見る。
「ミドリはこっち。」
そう言って、ザクロが指差したのは、ザクロの隣にある座布団。
彼は自然と、彼女を側におきたい心理が働いていた。
周りはザクロのアプローチを、ドキドキしながら見守っている。
皆も、翠にしか見せないザクロの一面を見てしまっては、応援するしかなかったのだ。
翠達がこの里にきて、色々と変わった事が多いが、一番変わったのは、ザクロなのかもしれない。
ザクロがここまで、相手に尽くすような事なんて、以前は全くしなかった。
逆に、「甘えるな」と一言だけ告げるだけの時も。
そのせいで、ザクロは里の住民から、『頼りになるが、扱いが難しい住民』として見られていた。
それが今では、誰もが認める『里のリーダー』として、胸を張ってグルオフの隣に座っている。
以前のザクロも、一応里のリーダーとしての務めは果たしていたが、『頼れるリーダー』とまではいかなかった。
それでも、里を守るには十分な実力は持っていた為、誰も文句なんてなかった。
だが、そのぶっきらぼうで孤立しがちな彼の性格が、逆に周囲を『不安』にさせていたのだ。
彼が誰よりもこの里を思い、里のために尽くしているのは、里の住民なら誰でも知っている。
だからこそ、誰にも頼れず、無理をしていないか、不安だったのだ。
だが、翠がこの里に来たことにより、それらの問題が、一気に解決された。
翠は、良くも悪くも、他社の事情にヅカヅカと首を突っ込む。
それで惨事に巻き込まれても、翠はなんだかんだ解決してくれる。
その上、翠自身に決して下心があるわけでもなく、ただ純粋に、『その人が気になるから』という
理由で関わってくる。
そんな翠を前にすれば、ザクロでも両手をあげて降参する。
そして、ありのままの自分を彼女に見せる。
だが、翠はそれを笑ったりする事もなければ、「意外」という言葉も口にしない。
心の奥で思うだけで、口にはしない。実はそれが、結構大事。
世の中には、思った事をなんでも口にしてしまう人がいる。
それは時と場合によって、頼りになるものの、『心情』というのは、かなり複雑。
『言う』『言わない』に関わらず、『言葉』によって、互いの関係に亀裂が生まれることも、珍し
くない。
世界は違えど、種族が違えど、やはりトラブルの元は、『言動』にある。むしろ、それしかない。
翠とザクロは、その関係がちょうどピッタリな相性なのだ。
なかなか自分のことを言えないザクロと、相手の様子を汲み取れるザクロ。
逆に翠は、自分と本気で向き合ってくれるザクロと、毎日ぶつかり合っても飽きない。
『関わってほしい気持ちを抑えるザクロ』と
『ズカズカと関わる翠』という、相手の欠点を相手の欠点で補う間柄。
これには(羨ましいな・・・)と思う住民も少なくない。
『言葉』も色々と使い方があるように、『欠点』にも使い方がある。