147・『薬』のありがたみ
そんな里の成長は、いつも翠とザクロが特訓を重ねている修練場にまで、影響が出ている。
いつの間にか丘の訓練場も大きくなり、畑や家の規模も、日々増えてきている。
そして、里での暮らしも、前より便利になり、前より快適になっていた。
『家電』等の劇的な変化ではないものの、やはり働き手が増える事は良い。
リータの兄はというと、この里では町長としてではなく、『薬屋の店主』として生活を始めた。
開店と同時に、彼の店は毎日大繁盛。立ち寄る住民がいない日なんて無いほど。
この里には『通貨』がなく、『物々交換』が主流なのだが、リータの兄はほぼ無償で、里の住
民全員に薬を提供している。
ご飯も住民達が率先して用意している上に、薬草も里の周辺で採取できる。
「そこまで本格的なお店ではないけどね」と、リータの兄は言っていた。
だが、それでも今まで薬を作ったことがなかった里にとっては、そこまでちゃんとした資格を持っていなくても、大いに活躍できる。
里や住民に対する『恩返し』もあるが、リータの兄自身、自らのお店をきりもりする事が、幼
いころからの夢だったそう。
人当たりが良く、住民達の話をしっかり聞いてくれるリータには、まさにぴったりの仕事なのかもしれない。
その上、リータの兄が調合する薬は、『風邪』から些細な『怪我』まで治してあげられる。
ドロップの祖先は、伊達ではなかった。
今まで里の住民は、怪我をしても風邪をひいても、自力で治すのが普通だった。
だが、それが薬の登場によって、色々と変わってきている。
薬さえきっちり飲めば、自然治癒よりも治りが早い上に、長引く心配もない。
もちろん、体を温めたり、栄養のあるものを食べさせたりするのも、具合が悪い時には効果的
ではある。
しかし、直接怪我や病気を治す手段はもっていなかった。
ある意味、傷や病気が治るかは、これまでは『運次第』だった里。
だからこそ、リータや彼の兄の存在は、里の中でたちまち大きくなった。
その恩恵を一番受けているのは、里の子供達。
前は外で激しく遊び回って、怒られた子供もいた。
怪我が悪化して、命に関わる事態になるかもしれないから。
(子供は薬が嫌いなんじゃないかなー・・・)と思っていた翠だったが、案外そうでもない。
むしろ、風邪や怪我が長引いて、重傷になる事こそ、子供達がもっとも恐れていた。
だから、一瞬苦い思いをしても、早く治ってくれるなら、一瞬の苦味なんてそこまで苦になら
ない。
『長い痛み』と『一瞬の苦み』を比べたら、子供でも苦みを取るのだ。
翠も幼い頃は、苦い薬がとにかく苦手で、風邪をひいている最中にも拘らず、家のなかを逃げ
まどった事件もあった。
だが、里の子供達は、まだ幼い頃から『薬のありがたみ』をよく理解している様子。
これには翠も、自分が情けなくて恥ずかしくなる。
そして、改めて自分の両親に、その時のことを謝罪したくなった。
風邪で命を落としてしまう事例も珍しくなかった里にとって、薬が作れるリータの兄は、まさ
に『救世主』なのだ。
おかげで、里の仕事中に怪我をしても、具合が悪くても、リータの兄の元に駆けこめば、大抵どうにかなる。
それくらい、リータの兄の腕も、捨てたものではなかったのだ。
翠やザクロも、派手にぶつかり合うと体のあちこちが痛んでしまうので、薬にはお世話になっている。
旧世界では、『コンビニ』や『自販機』でも薬が買えたため、翠はあらためて、自分の住んで
いた国が豊かである事を実感した。
薬を作ることは、どんな世界でも難しい。材料を集めるのも難しいが、やはり専門の知識も絶対必要。
もし、誤った方法で薬を投与すると、とんでもない事になる。
翠も旧世界のニュースで、そんな事件を度々見ていた。そんな事件も、決して大袈裟ではない。
リータの兄の凄さを、弟である彼も実感した。
お調子者の一面もあれば、里の住民の為に、あれこれと薬草を混ぜている一面も。
リータの兄が里の住民を治し、リータが里の外で警備にあたるモンスター達を治す。
このスタンスにより、里の成長はさらに加速していく。
やはり人間でもモンスターでも、『健康』が第一なのだ。
そして翠は、朝の訓練をしている最中、ザクロからこんな話を聞かされた。
「リータ達のおかげで、今年、『はやり風邪』がなかった。」
「___『はやり風邪』??
毎年流行る病気・・・みたいなもの?」
「そう、毎年この頃になると、突然はやり始める。毎年それを、耐えるしかなかった。
死ぬ仲間も大勢いた。
でも今回は、違う。風邪にはなった、でも死ぬ事はなかった。
皆、しっかり治った。そして、また働いてる。
___リータ達のおかげで。」
「___そっか、なら良かった。私も、風邪は嫌だからね。」
「でも俺。薬嫌い。苦い。」
「それは我慢してよ。治るんだから。」