15・虐げられるのに 理由もない
「・・・・・あの・・・すいません・・・
ベッド・・・使わせてもらって・・・」
「部屋まで引っ張ってきて、床に寝させるのもあんまりだと思っただけ。」
旧世界で、翠の部屋は『和室』だった。だから『布団』で毎日寝起きしていた翠にとっては、床で寝るのもベッドで寝るのも、さほど変わりはない。
夜中ではあったものの、空いている部屋から布団を一式こっそり持って来て、それを床に敷いて寝た翠。
少年・・・もとい『リン』はというと、かなり体が疲れていたからなのか、ベッドで寝るのが久しぶりだったからなのか、翠が揺さぶってようやく起きるくらい、かなり熟睡していた。
しっかり睡眠をとったリンの顔は、昨晩よりも良い様に見える。
それは日光のせいなのかもしれないが、翠もその顔を見ると、一安心した。
昨日の晩まで、リンはガイコツと見間違えるくらい、顔色が悪かったのだから。
翠は起きると早々に、部屋から移動させた布団を元の場所に戻し、自分が装備していたローブをリンに被せて、何食わぬ顔で宿屋を後にした。
まさか昨日来たばかりの旅人の同行人なんて、誰も気にしない。
2人は食堂で朝食を取りながら、周囲を見渡してみるが、やはり誰も気づいていない様子。
「・・・そういえばさ、昨日私と話していた2人って、やっぱり貴方の『雇い主』?」
「えぇ・・・でも僕、荷物を運んでいる最中に袋を破いてしまって・・・
それで追い出されたんですよね・・・」
「・・・そうか・・・」
正直翠は、リンを自分の私情で引き込んで良かったのか、ついさっきまで悩んでいた。
しかし、その言葉を聞いて安心した。
まだリンが雇い主と繋がっているのなら、あのおじさん2人を相手にする必要がある。
転生して、古い革(過去の自分)を脱ぎ捨てたとはいえ、『モンスター以外の人間』を手にかけたくない。
ましてや、リンが昨晩言っていた事を考えると、もし2人に危害を与えて有責になるのは、翠になる可能性だって十分ありえる。
理不尽ではあるけど、この世界のルールにはなるべく従わないと、後から後悔した頃には、全てが遅い・・・なんてパターンも考えられる。
「・・・あのさ・・・念のために聞くけどさ・・・
もし、貴方が雇い主に反発したら・・・どうなってた・・・?」
「・・・そりゃ・・・もちろん・・・」
そう言って、リンは持っているスプーンを首元までもってくると、左から右へと引っ張った。
要するに・・・『命の補償はない』・・・という事。
翠はそれを見て、「やっぱりね・・・」と言って、パンをミルクで流し込んだ。
旧世界でも、こんな『理不尽な世界情勢』があった。
日本でも、『社畜=奴隷』『ブラック企業の職員=奴隷』という感覚があった。
しかし、それとは比較にならない程、理不尽で意味不明な話である。
「・・・リンはさ、どうしてモンスターが疎まれているのか、知らないの?」
「さぁ・・・・・
僕も物心ついた時から、そういった考えが定着していたので・・・」
翠は知りたかった、人に危害を加えるモンスターならまだしも、リンは人間に対して、手を出した事は一度もない。
にも拘わらず、何故彼までも非難の対象になってしまうのか。
『モンスター』という一括りにされているだけで、リン自身は全く無害である事は、あの雇い主でも分かっていた筈。
(・・・・・でも・・・
そういうのが、『差別』っていうものなの・・・かもね。)
また翠は、旧世界の自分を思い返していた。そう、翠が高校で蔑まれていた理由。
『ゲームが好きだから』『オタクだから』
翠自身、オタクなレベルで例えるなら、『中の下』くらいでしかない。
好きなアニメキャラや声優がいた、グッズも部屋にそこそこ飾っていた。
しかし、翠は決して誰かに自分の趣味を押し付ける事もなければ、SNSで力説するようなタイプでもなかった。
力説しているSNSの投稿に共感したりする事はあったものの、翠は『人に迷惑をかけないオタク』であった。
だが、迷惑をかけるのは、オタクも何も関係ない。
時折ニュースでも報道されている『アイドルストーカー事件』や、『スポーツ選手誹謗中傷事件』はどうなのか。
『オタク』という言葉は、アニメだけに使われる言葉ではない。
『アイドルオタク』や『スポーツオタク』等、とにかく『マニア・コアな人達』を指す言葉は、辞書にも掲載されている。
だが、旧世界では『オタク=迷惑な人』と捉えている人が少なくない。
それを完全に反論する事もできないからこそ、この問題はずっと社会問題のままだった。
これを新世界に置き換えるなら、『モンスター=厄介な存在』と捉えられている。
理不尽極まりない話である、何故関係のないリンまでもが、迫害の対象になっているのか。
その理由について誰も説明できないのが、ますますタチが悪い。
理由がないのなら、誰も助けられない上に、皆が見て見ぬフリをしてしまう。
何故なら虐げられる理由がないのなら、助ける理由もないから。
理由がない・・・という事は、予想以上に恐ろしい事であった。