134・変わるのも一苦労
翠・クレン・ラーコ・グルオフ・ザクロの5人は、リータがいる、里の出入りぐちへ向かう。
すると、そこにはすでに戦いを終えている様子の住民達がいた。
彼らのもつ武器には、モンスターの体液や毛が付着して、なかにはまだ小さい子供の住民の姿も。
しかし彼らは、疲れ果てながらも、清々しい顔をしていた。
ひとまず翠は、武器のよごれを綺麗に拭きとっている鬼族のリーダーに、話を聞いてみる。
「あの・・・・・すみません・・・
もしかして、野良のモンスターが里に奇襲を・・・??」
「いやいや、違うんだ、修練も踏まえて、ちょっと里の外へモンスターを狩りに行ってたんだ。
この里の周辺は、強いモンスターが多いからな。
ある程度数を減らしておかないと、束になって里を襲撃しに来たら、手に負えなくなる。」
「成程・・・・・」
「リータを探してるんなら、そこら辺にいるぞ。」
そう言って、リーダーは門のむこう側を指さす。
翠が目をこらして見てみると、しゃがみ込んで鬼のにいちゃんと話している様子。
近くまで駆け寄って見ると、鬼のにいちゃんの額からは、真っ赤な血が流れていた。
その光景を見て、真っ先に声をあげて驚いたのは、グルオフだ。
「だっ!! 大丈夫ですか?!!」
「おぉ、王様。こんな所に来ちゃ危ないぞ。」
「それどころではありません!! 傷口は・・・!!!」
「グルオフさん、私に任せてください。」
若干混乱しているグルオフに、リータが割り入る。
そして、リータは持っていた剣を鞘から引き抜くと、それを徐に、傷ついた鬼のにいちゃんへ近づける。
一瞬焦った翠達だが、彼の『剣の異変』を見て、すぐさま彼が何をしようとしているのか、ある程
度察した。
「わぁ・・・・・綺麗な緑・・・」
ラーコの素直な感想に、4人も同時にうなずいた。
リータの刀身は、少しずつ緑色に光り始めたと同時に、鬼のにいちゃんの傷跡にも変化が現れる。
ついさっきまで、傷口からはまだ血が流れていた。
だが、光にあてられた傷口からは、徐々に血が止まっていき、傷口もどんどん小さくなっていく。
そして、あっという間に傷口は完全になくなってしまう。
そう、リータが組み合わせたのは
『剣』 と 『ヒーラー』
一見、何の共通点もないように見える。
だが、リータがかつて、『薬作りが盛んな』ドロップ町で生まれ育った。
だからこそ、彼は傷つく仲間を、放っておけなかったのだ。
彼にとって、怪我をしたのなら助けてあげるののが、常識だから。
だが、薬には必ず『材料』が必要になる。
それが、色んな場所で手に入るなら、誰も苦労していない。
怪我や病気のなかには、めずらしい薬草が求められる事もあれば、現地で薬草が手に入らない事
もありえなくもない。
そんな時に重宝するのが、材料を必要としない『回復魔法』
リータは、それらの手間がはぶけるように、『ヒーラー』を選んだのだ。
・・・それに、翠も確かに『ヒーラー』ではあるが、彼女が仲間の傷を癒すところは、まだ誰も一度もみた事はない。
翠メンバーが滅多に傷を負わない事もあるが、本人も自分のジョブをすっかり忘れている。
本来、ジョブを生かして戦うのが常識なのだが、彼らにそんな常識は通用しない。
ある意味、常識はずれの体と力を持ちあわせた、モンスターと同じなのかもしれない。
その類を見ない強さで、ザクロに気に入られたのだが・・・
だが、回復魔法に限らず、どんな魔法でも、そう簡単には扱えない。
だからリータは、今から力の特訓をしているのだ。
こちらもまた、リータらしい選択。翠達は顔を見合わせて笑った。
そう、結局のところ、(今までとは違う自分になろう!!)と心にきめたところで、過去の自分は
絶対にくっついてくる。
いや、絶対必要になる。
過去の自分がないと、今の自分もない。『歴史』と同じである。
『電気』の発明がなければ、『電球』も『LED』もなかった
『江戸』がなかったら、『東京』もなかった
『悲しい歴史』でも、得られた事はあった
もしかしたら、そんな未来があったのかもしれないが。
だが、生きられる未来が一つだけなら、過去もそれぞれ一つずつしかない。
それを手放せないのは、ある意味本能なのかもしれない。
だから、今までの自分を払拭させるような自分になりたくても、結局はなれない。
今までの自分の努力や、自分の考えを、どんなにバカらしくても、心のどこかで否定しきれない。
しかし、それがいいのだ。それが一番『自分を大切に思った』選択なのだ。
仮に、新しい自分になっても、新しい力を手にしても、また『修練』と『実験』の繰り返し。
それを楽しめるならまだ良いのだが、翠達は、『修練する日々』より、『過去の自分』を優先した。
悪く考えれば、『いつまでも変わらない自分』と見做されるかもしれない。
それでも、自分で選んだ道なら、誰にも否定も肯定もできない。
そして、何の打ち合わせもせず、全員が『過去の自分』を捨てられず、今に至る。
「・・・・・はぁ___!!」
「リータ?!!」
全員で彼の名を呼んだ。リータは突然、剣を地面に落とし、そのままバランスを崩す。
それを、一番近くにいたクレンが支えてあげる。クレンは息をきらせながら、汗を流していた。
どうやら、頑張りすぎた様子。
しかし、リータは笑顔で、「やりました!!」と、自分の新たなちからを、仲間達に自慢している。
「はいはい、じゃあ城壁に戻るぞー」
そう言って、クレンはリータを支えながら、城門へと戻っていく。