129・男同士だから
「ふーん・・・・・
まぁ、リータの気持ちも分かるけどさ、即答して頷けば、彼女もきっと喜んだんじゃない?」
「そう・・・・・かな?」
結局、真・覚者の説明は、午前と午後に分けてもらう事に。
まだ葛藤しているリータの脳内では、とてもではないが、情報を処理できなかった。
それに付き添い、クレンはリータに、先程丘の上であった事を聞いた。
彼がやけに落ち込んでいる理由を知った時には、ちょっと笑いそうになったクレン、だが、最後ま
でちゃんと笑わずに、彼の話を聞いてあげた。
一通り話終わったリータは、クレンが作ってくれた温かいお茶を飲み干した。
朝食を終えた後の食堂は、とても閑散としている。
だが厨房では、既にお昼ご飯の準備を進めている里の住民が見える。
「僕、翠さんと一回でいいから、勝負してみたい。でも、何故かできない。
『やりたくない』・・・というわけではないんですよ。
でもその気持ちが、うまく表現できないのが、すごく悔しくて・・・・・」
「・・・・・気持ちはよく分かるけどさ、その気持ちに、名前なんてないんじゃないのかな?
気持ちなんて、本人にしか分からないんだから。
その気持ちをどうやって理解して、どうやって自分に生かすのかを、先に考えた方がいいよ。
その方が気持ちも楽だからね。」
「兄さん・・・・・」
涙目でクレンを見るリータ。
クレンも、そんな気持ちは何度も抱いていた。
でも、その気持ちに理解がついていないのは、リータだけではないのだ。
リータが打ち明けてくれた事で、クレンも少し安心した。
旅路に一区切りがついた事で、改めて色々な事を考え直す機会が増えた。
今まで気にしなかった事でも、一息つくと自然と気になってしまう。
そこまで重要な事ではなくても。
これからの事も考えなければならないが、また色々と慌ただしくなる前に、決められる事はしっか
り決めておきたい。
だが、その『決める事』が、一番難しくもあり、一番面倒でもある。
「・・・正直、僕はミドリさんの隣には、並べない・・・と思うんです。
ラーコさん・・・・・姉さんとミドリさんは、相性が良いと思うんですけど。
兄さんは、やっぱり『古参中の古参』だから、ミドリさんの側に居ても、全然違和感がない。」
「えぇ、そんなもん・・・??」
リータは、もう何も入っていない湯呑みを、両手でクルクルと回しながら、自分の心境をクレンに
打ち明ける。
クレンはというと、喜んでいいのか、照れていいのか分からない様子。
「・・・そもそもさ、リータ。
『誰が隣に並んで似合うか』なんて、そんなの本人達からすれば、分からない事じゃん?
それを考えるのもちょっと・・・・・」
「んんぅ・・・・・」
「リータは、ミドリが嫌いなのか? もしくは苦手とか・・・」
「ちっ、違いますよ!!! 当然です!!!
むしろ尊敬してます!!!
・・・・・ただ・・・・・何と言うか・・・・・
僕なんかが、尊敬してもいいのか。尊敬よりも、もっと勝る感情がある・・・というか・・・」
リータの気持ちが、分からなくもないクレン。クレン自身も、そんな気持ちになる事がある。
里に来て、ある程度落ち着いてくると、その気持ちと葛藤するようになってしまった。
心に余裕ができるのは良い事なのだが、その余裕が、さらに苦しい時間を生んでしまう。
リータもクレンと同じく、味方に武器を向けたくない、優しい性格。
だが、この葛藤が、決して性格だけの問題でない事は、薄々察し始めている2人。
そもそも、修練であるにしろ、翠に勝てるのか・・・を考えると、2人は首を振るしかない。
翠は里に来てからも、まだまだ成長している。Lvはとっくに規定値を超えているのに。
もちろん、翠以外の4人も成長している。
覚醒者ではないグルオフも、大人に向かって、王家の人間として、着実に成長している。
5人の中で、目に見えて成長が分かりやすいのがグルオフ。
だが、大人に近づいているのは、グルオフに限った話ではない。
『体の成長』は分かりやすいが、『心の成長』というものは、本人もなかなか実感しにくい。
自分でも気づかない間に、その変化は心と体をいつの間にか追い詰めていた。
今のリータは、まさにそんな状況なのだ。
それも初々(ういうい)しくて可愛いのだが、クレンから見れば、リータがそこまで思い詰めてい
る姿を見ると、そんな能天気な発想には至れない。
だが、同時に嬉しくなってしまったクレン。
今まで『弟』のように慕ってきたリータの成長を、垣間見る事ができたから。