13・君の手を引いて
翠はまだ『世間知らず』だった。しかし、だからこそ手を出せる事だってある。
『無謀』なのかもしれない、『軽率』なのかもしれない。
しかし、肝心なのは、無謀なのか、軽率なのかではない。
『自分が納得するか』
ボロボロの少年を見て、そのままにしておくのも、見て見ぬフリにしておくのも、翠が納得できなかった。
何故なら翠は、『見て見ぬフリされる苦しみ・屈辱』を、人一倍分かっているつもりだから。
翠が踏み込むと、少年は体の震えを更に加速させ、ますます小さくなってしまう。
その様子に、翠は小さなため息をついた後、少年の肩に手を置いてみた。
少年の体は、信じられないくらい冷たかった。
それに、まるで『萎れた風船』のように、触れただけで翠の指がめり込んでしまいそうな程、痩せ細っている。
自分の体が過剰なくらい熱く感じてしまう錯覚に、思わず翠は息を呑んだ。
一瞬、その少年が『女』に見える錯覚に陥った翠だが、体つきはギリギリ分かる、完全に『男』
しかし、いつから切られていないのか、その長い髪と整った顔のせいで、性別がよく分からない。
「・・・ほら、おいで。」
「・・・・・え?」
翠は少年の前身を抱えるように立ち上がらせて、自分が借りた部屋へ少年を持っていく。
腕だけ持つと骨が折れそうだった為、翠は彼の全身を支えるようにして、慎重に部屋まで持って帰る。
そして、『非常食』として買っておいた『乾燥パン』を、3つ全部あげた。
本当は温かいものを食べさせてあげたかったが、こんな真夜中に料理を注文するわけにもいかない。
何より、こんなにボロボロの少年を部屋まで引っ張ってきた事が知られてしまうと、たちまち大騒ぎになってしまう。
最初は戸惑ってパンに手を出さなかった少年だったが、空腹には抗えず、3つまとめて口の中に押し込めた。
その様子を見た翠は、再び階段を降り外へ出ると、井戸の水を汲んでバケツのまま持って行く。
そして、部屋に置いてあった木製のコップに水を注ぐと、少年は一気に飲み干す。
慌ててコップに注いだせいで、机の上が水滴だらけになってしまったものの、少年が泣きながら喜んでいる表情を見ると、どうでもよくなってしまう。
ようやく胃の中に『普通の食べ物』を入れた事により、彼の心も体も喜んでくれている。
翠に注がれるまま2・3杯の水を流し込んだ少年は、ようやく翠と目を合わせて会話してくれた。
(・・・何度見ても綺麗だな・・・
チクショウ・・・)
翠が嫉妬してしまいそうな程、青年は美しい顔と、『綺麗な瞳』をしていた。カラーコンタクトでも絶対再現できないような、綺麗な『紫色の瞳』
かつて翠がネットで見た、『珍しい瞳の色』にも、紫色の瞳は含まれていた。
(・・・まぁRPGとかなら、割と普通なのかもね。)
これもある意味、ゲームやアニメの『お約束』なのかもしれない。
むしろ、『髪の色がカラフルなのはおかしい』『瞳の色がカラフルだと人間味が無い』というのは、一種の『偏見』である事を、翠は思い知った。
彼女の前にいる少年は、小さな声ではあるものの、翠にしっかりお礼を言ってくれる。
しかし、その言葉の端々にも、翠は『違和感』を感じていた。
「あの・・・・・ありがとうございます。
『僕なんか』に食料を分けて頂いて・・・
本来、『こんな事は許されない』のに・・・」
「・・・・・・・・・・
あのさ、さっきから何?」
「・・・・・え?」
「あんた・・・さっきから『自分が変』とは思わないの?
『僕なんか』とか、『こんな事は許されない』とか。
そんなの誰が決めたの?」
そんな翠の素直な疑問に、少年は頭を傾げる。
そして、「そんなの、当たり前じゃないですか」という顔で、翠の真っ黒な瞳を見ていた。
「僕達モンスターは、
虐げられて当然なんですよ。」
「・・・・・・・・・・
・・・・・は?
一体、何を言ってるの・・・・・???
そんなの・・・『誰』が決めたの?」
「『誰』って・・・・・そんな大昔の事、自分に分かるわけないじゃないですか。」
「どうしてよ、その理由は・・・!!」
翠は自身の苛立ちを抑えられなくなり、つい声が大きくなってしまう。
彼女の勢いに、少年は再び怯えてしまう。そして、下の階から、階段を登る音が聞こえる。
その声にハッとした少年は、ベッドの下へと潜り込む。翠も慌てて、ベッドにダイブした。
ベッドが壊れそうなくらいの勢いで・・・
コンッ コンッ
「・・・お客さん、大丈夫かい?」
翠の様子を見に来たのは、この宿の主。翠の声は、1階まで筒抜けだったのだ。
「す・・・すいません・・・
ちょっと・・・嫌な夢を見ていたもので・・・」
翠は「あはははは・・・」と、乾いた笑いをする。誤魔化す事には成功した様子。
幸い、部屋の中の灯りはロウソクと、灯したままの杖しかなかった為、ベッドの下で隠れている少年に、宿の主は気づいていない。
電気の灯りがない事に、若干不便さを感じていた翠だったが、こうゆう場面で薄暗さが役に立つなんて、思ってもいなかった。
そして、焦った拍子に流れた翠の冷や汗により、『悪夢で目覚めた』という口実は簡単に通った。
宿の主は、不審に思いながらも部屋のドアを閉め、翠とベッドの下の少年は一息ついた。
「・・・ごめん、ちょっと・・・興奮して・・・」
「・・・・・いいえ・・・」
翠がベッドの下を覗き込むと、そこには冷や汗を垂らした少年が、滑り込んだ拍子で埃だらけになっていた。