123・温泉コント
ふらついて、三度目のダイブ・・・かと思いきや、その直前にザクロが翠の手を掴んだ。
ザクロはだいぶ焦っていたのか、彼の息は荒くなっていた。
はじめてリザードマンに触れた感触は、人間と大差ないように感じた翠。
一緒に暖かい温泉に入っていたせいか、互いに手がとても熱かった。
湯気で全身は隠れているが、改めて真正面で互いを見て、何ともいえない気持ちになった翠。
人間やエルフとは違う、爬虫類独特の鱗が、お湯に濡れてキラキラと光っている。
その鋭い眼光と眼差しが、翠の心をゾクゾクさせてしまう。
翠は今まで、爬虫類を生で見た事がなかった為、その魅力に気付かされてしまった。
だが、ずっとこのままでいるわけにはいかず、互いに雪が積もっている場所まで全力疾走して、雪
の丘にダイブする。
ちなみに、これまでの一連の流れ、決して『打ち合せ』なんかではない。
熱々に熱せられていた翠達の体は、雪ですら欲してしまう。
ある意味『雪見風呂の楽しみ方』として、最も理に適っているのかもしれないが・・・
自然豊かな場所で降る雪が、不思議と美味しく感じられた翠。
雪の丘に、翠達の跡がくっきり残るくらい、互いに長湯してしまったのだ。
「ミドリさーん!
さっき着物を貰ったので持ってき・・・・・
ひゃあああ!!! 服着てくださいぃぃぃ!!!」
「あれ? リータ?
わざわざ持って来てくれたの?」
「そんな事より、早くこれ着てぇぇ!!!」
雪の丘の上からむくりと起き上がった翠を見て、一瞬で顔が真っ赤になったリータ。
そんな彼を見て、ザクロはニヤニヤする。
「お前、女知らないな?」
「・・・・・だって・・・・・事実だもん・・・」
翠に着物を投げつけると、瞬時に後ろを振り向いてしゃがみ込むリータ。
風呂上がりの翠を目に焼き付けてしまった『罪悪感』と、ザクロに心中を言い当てられた『情けなさ』で、自分を責めても責めきれない状態のリータ。
一方ザクロは、まさかあんな一言で深く傷つくとは思っていなかったらしく、オロオロしながらリ
ータの周りをウロウロしている。
このままでは埒が開かないと思った翠は、そそくさと着物を着て、リータを温泉へ入るように促す。
「あれ? 他の3人は?」
「なんか・・・お腹いっぱいになりすぎて、部屋で倒れてます。」
「ありゃりゃ・・・
まぁ、美味しかった事に変わりなかったからね。ありがとう、ザクロ。」
「ありがとうございます!
・・・あ、ザクロさん。衣服を洗える場所って、この近くにありますか?」
「向こうに川ある。でも洗濯、昼にするのが決まり。
寒いから。」
「そっか、成程。」
ザクロも入浴後の服を用意していたのか、いつの間にか着替えていた。
リータが持って来た服は、完全に『浴衣』
翠は、温泉に行った際の記憶をどうにか手繰り寄せ、帯を厳重に結ぶ。
浴衣にしては裾が短いが、動きやすくて雪道でも軽々と歩ける為、翠的には着心地が良かった。
だが、浴衣を着ても尚、翠とザクロの頭からは湯気が立っている。
頭から湯気が出るほど長湯をした事はなかった翠は、湯当たりする苦しさも初めて知った。
頭がだいぶグラグラしているが、周囲が寒いせいで、まだ意識ははっきりしている。
体は燃えるように暑いのに、外は痛いくらい寒い。しかも体は重い。
まるで、何重にも衣服を着込んで、学校へ登校していた学生時代を思い出していた翠。
だが、不思議とこの世界に来てからは、冬でも薄着で乗り越えられるようになった。
学生時代だったら、雪の降る外へゴミ出しに行くだけで憂鬱だった。
寒さを気にしていられない状況になっているのも一因だが、やはりモンスターとの戦いで体を鍛え
たからだ。
『命を懸けた運動』なんて、やるだけで色々な問題が小さく見えてしまう。
それこそ、自分が寒がりだった事も、自分が学校という『世界』で除け者にされていた事も。
『命さえあれば、他はどうにでもなる』という考えに支配されてしまった翠。
だから、ちょっとした切り傷やかすり傷に気づかない事も増え、翠自身ちょっと危惧している。
傷口が化膿して、治りが遅くなったり、傷口が広がると厄介だから。
でも、それを気にする事も、最近はめっきり減ってしまった。
何故なら、傷の治りがかなり早くなってしまったから。
「ねぇ、ザクロ。ちょっと聞いてもいい?
ヒーラーってさ、『傷の治りが早い特性』とかって、あるものなの?
・・・いやね、この里に来る前、一回だけ転んじゃったの。
でね、その時に凍った地面に掌を擦って、ちょっとだけ血が滲んでいたの。
でも、その事すっかり忘れてて、温泉に入った時に改めて傷口を見たのよ。
そしたら、もう傷口が塞がって、赤くなってるだけだったの。」
翠が改めて、自分の掌を見るが、もうその赤みも消えてしまっている。
温泉の力なのかもしれないが、あまりにも治るスピードが早すぎると思った翠。
薬も塗っていない、手当てをしたわけでもない。
半ば放置していた状態だったにも関わらず、傷跡さえも残っていないのだ。
よく考えてみたら、ありえない話である。一周回って不気味に感じていた。
若干怖くなってしまった翠は、ザクロに聞いてみたのだ。
だが、ザクロから帰ってきた言葉は、彼女でも予想していなかった。
・・・いや、予想はできた。『前半』は。
「・・・ミドリ、ヒーラーだったんだ。」
「あははっ、よく言われるよー」
・・・・・え? 今まで何だと思ってたの?」
「え?
真・覚者」
「・・・・・・・・・・ふぁ???」