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122・白い湯気の立ちこめる場所へ

「・・・すみません、私彼に会いたいんです。今何処にいるか分かります?」


「え・・・・・でも・・・」


「そこまで私、細かい事は気にしないんです。

 ・・・というか、気にしたくないんです!」


 翠のその発言に、後ろで聞いていたクレン達は笑いを堪えている様子。

「確かに・・・」と言わんばかりの顔である。

 彼女のはっきりした態度と口調に、鬼の親は折れた。


「多分『オンセン』だろうな。そこで体についちまった臭いを落とすんだ。」


「成る程ー! ありがとうございます!」


 食事後とは思えないくらい、すごいスピードでその場を去り、とりあえず温泉まで行ってみる翠。

丁度翠も、久しぶりに温泉で体と疲れを洗い流したかった為、ザクロに話をしたい気持ち半分、温泉に入りたい気持ち半分である。


 若干早足になりながら、とりあえず『湯気』が出ている方向へと向かう翠。

夜になると一層空気が冷たくなり、湯気はまるで『大理石の柱』の様に、はっきりと見える。

 翠が真っ白な柱に向かって、坂道を降りていく道の途中、頭からモクモクと湯気を出している里の

 住民と遭すれ違う。


 彼らの満足そうな顔を見ると、翠もつい羨ましくなってしまう。

やはりモンスターでも、人間でも、温泉の魅力に浸かってしまうのだ。

 温泉というのは、『体』だけではなく、『心』も同時に癒してくれる。

感情豊かなこの里の住民は、温泉の気持ち良さが、身にも心にも染みるのだ。


 ただ浸かるだけで、心も体も一気に回復するなんて、科学の技術が詰め込まれている『薬』『サプ

 リメント』でも不可能。

そんな素晴らしい存在が、大昔から世界にあった・・・なんて、ちょっと信じられない。


 翠が坂を降りていくと、だんだん視界がぼやけてくる。湯気で周囲が包まれているのだ。

そして、ゴツゴツとした岩が円状に囲まれている中央で、まるで『噴水』のように、温泉が湧き上がっていた。


 それを見た翠も、じっとしていられない。

だが、てっきり翠は、『脱衣所』か『休憩スペース』があるのかと思い込んでいた。

 そこにあったのは、本当に『温泉のみ』

一瞬驚いた翠だったが、(そんなもんかー・・・)と、すぐ納得した。


 すぐ側には、ついさっきまでザクロが着ていたであろう、『鎖帷子くさりかたびら』が投げ捨

 てられていた。

かなり急いでいたのか、それとも単に雑なだけなのか、あちこちにザクロの身につけていた物が散らばっている。 


 壁も目隠しもない、野っ原で服を脱ぐのに、若干抵抗を感じていた翠。

だが、それよりも早く、温泉に浸かりたい気持ちの方が上だった。

 翠は服を手早く脱ぎ、早速爪先を水面に付けてみる。

周囲の空気が冷たい為、お湯がいつも以上に熱く感じる。


 それでも、寒さにこれ以上耐えられなくなった翠は、思い切って全身をぶち込む。

周囲の空気が冷たいにも関わらず、お湯の中はとても熱い。

 それが丁度良いバランスになり、翠は思わず『おじさんみたいな声』を出してしまう。


「・・・おぁぁぁあああああ・・・・・」


 (このままお湯の中に溶けてしまうんじゃないか・・・)


 そう思えるくらい、とても気持ち良い、最高の温泉だった。

この温泉には、何の成分があるのかは分からないが、このロケーションでの温泉は、絵になるくらいの絶景だった。


 周囲を真っ白な山々に囲まれ、しばらくその景色を堪能していると、パラパラと雪が降ってくる。

落ちてくる雪が、お湯に少しでも触れると消えてしまう。

 その様を、ジーッと何時間でも見続けていた翠。

何故かは分からないが、その光景を見ていると、彼女の心は落ち着くのだ。


 砂時計の砂が、ひたすら下に落ちる光景を見ているような。

 少しずつ水が溜まっていく器を見ているような。

 夜明けを見ているような。


 そんな気持ちになれた翠は、夜空も水面も、どちらも見たい気持ちでいっぱいだった。

このままボーッと、夜空を眺めていたい気持ちでいっぱいになり、目を細める翠。

 最近は色々と考え込む事が多く、落ち着ける時間がなかった翠は、温泉に浸かった途端、もう何も

 考えられなかった。


 聞こえてくるのは、温泉が湧き上がる音と、岩にお湯がぶつかる音のみ。

かなり大きな音だが、なぜか心地良く感じてしまう。

 木々が揺らめく音も、川のせせらぎもそうだが、自然が生み出す音は、何故心に染みるのか。

そんなの、議論する必要なんてない。音を聞くだけで、心が満たされるのなら。


(・・・羨ましいな、里の皆は。温泉のすぐ隣に住んでるんでしょ?

 しかもただで。羨ましすぎるでしょ・・・)


 翠は、とろけるような脱力感に身を任せ、全身の力を抜き、そのままお湯に浮かんだ。

降ってくる雪が肌に触れると、少し冷たかったが、雪の降る夜空を真上から見た光景は、まるで『星の降る夜』


 彼女の長い髪が、風にゆらめく木々のようになびいていた。

そのままお湯の流れに身を任せながら、このひと時をじっくり味わっている翠。




「・・・・・・・・・・っ?!!

 おいっ!!!」


「・・・・・・・・・・???」


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