121・それぞれの役目
かつて翠が住んでいた旧世界の近隣で、『異臭騒ぎ』があった。
警察まで出動する騒ぎとなり、当時小学生だった翠は、登下校中にマスクが欠かせなかった。
いつも公園で遊ぶのがルーティーンだったクラスメイト達は、異臭騒ぎのせいで公園で遊べなくな
り、毎日ブーブーと文句を垂れていた。
だが、その異臭の正体というのが、小学生の翠が聞いても、とても胸糞悪くなる話で合った。
匂いの原因は、目のつかない場所に捨てられていた『ゴミ袋』
そして、袋の中に入っていたのが、『動物の死骸』
それ以上は聞かされなかった翠だったが、後味の悪い結末だった為、成長しても覚えていたのだ。
結局、その腐臭はゴミ袋が回収されても尚、数週間は離れなかった。
もっと早くに見つけられたらマシだったのだが、放置されていた時間があまりにも長すぎた為、もう外壁や地面に臭いが染み付いてしまったのだ。
そして被害は、それだけに止まらない。
地域で飼われている犬や猫の何匹かが、その臭いのせいなのかは分からないが、一斉に体調を悪くしてしまった。
翠の家でペットは飼っていなかったが、お隣に住んでいた犬が、臭い騒動が起きてから数日後に具
合を悪くして、完全に室内で飼われる事になった。
人間でも具合を悪くする酷い臭い、人間よりも嗅覚が優れている動物が、無事で済むわけがない。
影響を受けた動物は、犬や猫に限った話ではない。
しばらく近隣のあちこちで、臭いを嗅ぎつけた『鴉』や『ネズミ』が、平然と道路や家の庭をウロチョロするようになってしまった。
ゴミ捨て場は何度対策しても荒らされ、興奮した鴉に子供が襲われる事件まで発生。
外に置いておいたゴミ袋も散らかされる始末で、翠の家でも、父が外に置いておいたゴミ袋が見事に荒らされ、父はスーツ姿で頑張って後処理をしていた。
いつの間にか、その臭いは消えてしまい、動物達の異変も元に戻った。
一件落着・・・なのだが、それでもまだ、色々と謎が残る事件であった。
そのゴミ袋を捨てたのが一体誰なのか、それすらも分かららず、この地域を巻き込んだ一大事件
は、消化不良のまま幕を下ろした。
そんな『臭い思い出』がある翠だからこそ、ザクロが一層『優しい存在』へと変わっていった。
こんな極寒の地でも、ゴミの処理を怠れば、臭いを嗅ぎつけた荒くれ者が里に侵入してしまう。
里の住民にとって、この地しか身を隠せる場所がない、此処でしか生きられない。
どんなに小さな問題でも、彼らにとっては大問題。
そして、問題を処理するのは、国でもなければ地主でもない、自分達しかいない。
だが、問題の処理は、そう簡単な話ではない。
それでも、里の住民達は、生き残る為に知恵や力を出し合いながら暮らしてくた。
その甲斐あって、偽・王家に情報が漏れる事もなく、今まで平穏に過ごしてきたのだ。
だからこそ、その問題処理の役目を担っているザクロを、里の住民が蔑ろにしない。
翠に話をする際も、スライムっ子や鬼の両親は、なるべく言葉を選んでいた。
彼女はそんな気遣いをされなくても、ザクロに対しての印象を悪くしない。むしろ尊敬する。
旧世界もだが、この世界でも、自分の問題を自分で解決しない存在が多すぎるから・・・
『腐敗したモノを食べる』
それは、生物界ではよくある話。人間界ではありえない話なだけ。
かつて翠が受けていた生物の授業でも、『環境を綺麗にしてくれる生物の重要性』は、テスト問題にもなっていた。
翠は、彼ともっと話がしたかった。彼には色々と、『話さなければいけない事』がある。